大衆闘争と組織形成の関係について、左翼勢力の中には、ずいぶん大きな混乱がある。
その第一の混乱は、日本共産党にみられる党勢拡大至上主義とでもいうべきものだ。
彼らにとっては、砂川や富里での闘いを評価する基準は、
「赤旗が阿部拡大し、党員が何人増えたか」ということだけであり、又、一九六七年一〇月八日の関心事は、佐藤が南ベトナム訪問に出発した事に対してではなく、年中行事である赤旗祭りに、どれだけの人を集めるか、という問題だったのである。
それだけで済めば未だ彼らの罪は軽いものだ。しかし、彼らは、赤旗セールスマンとして小市民主義に迎合したいという欲求と、「唯一の前衛」というコマーシャルキャッチ・フレーズを守りたいという欲求との矛盾を隠蔽するために、彼らよりも「左翼的」な運動をすべて、敵の手先に仕立てあげ、この戦闘的な敵の手先を「戦闘的に」攻撃することによって「唯一の前衛」であることの、おごそかな証拠にしようとする。安保闘争以来七年間、執拗に赤旗紙を、反トロツキスト宣伝の場にしてきた論理はこれである。
こうして、「唯一の前衛」の党勢拡大の崇高な利益の前に、一切の大衆闘争の前進をふみにじるメカニズムがつくられてきたのである。
一方、共産党外の左翼の間には、一般に、大衆闘争がかがげる直接目標への埋没主義が多くみられた。
それは、民同幹部にあっては、団交の場での駈け引き、幹部交渉の技術によって、どれだけの「プラスα」を上積みさせるか、という問題として、又、社会党の議員にあっては議会の中での取り引きによって、どれだけの改良がかちとれるか、という問題として、共に、「大衆闘争の中で大衆自身がいかに成長するか」という本来の真の成果とは無縁な形で、運動を収拾するスタイルにみられるものであった。
又、青年運動の一部にあっては、大衆闘争を一つの物理力として、いかに直接目標を実現するか、という悲壮な、しかし、その闘いが敗北に終る限り何物も成果として後に残さないといった形での、やはり本質的に右にのべた埋没主義と同質のものもあったし、他の面では、たとえば「安保闘争を権力奪取の闘いへ」といった主観的な傾向や、選挙闘争のように改良主義的色彩の濃い運動に対しては「ナンセンス」として軽蔑する傾向など、様々な位置づけの仕方がみられる。
これらの混乱は、日常的な改良と抵抗の闘いの真の成果とは一体何であり、そして、日常的な闘いを革命闘争に連続させる環は何か、ということについての理解の貧困に起因している。
そして更に根本的には、我々のめざす労働者革命――人類の前史に幕をおろす最後の革命――とは一体どういう内容をもつのか、という革命論の理解の問題にまで問いつめられねばならないだろう。
つまり、大衆闘争の戦術論まで含めて、一般に運動論の基礎には、組織論=階級形成論がおかれねばならず、又、この組織論の基礎には革命論=マルクス主義史観の根本問題が、すえられねばたらないのである。
この「革命論→組織論→運動論」の一般的体系――現実過程としての「日常闘争→階級形成→革命闘争=権力形成」の理論化――の確立によって労働者党の戦略戦術――各国の具体的現状分析に対応する革命綱領――は充実した内容をもつことが可能となるであろうし、特に上述のごとき現実の運動の中での混乱に終止符をうつことができるはずである。
以下に提起する問題は、この革命論→組織論→運動論の体系の一環として、組織論に焦点を合わせたものである。
賃上げ闘争なり、時間短縮の闘いなり、合理化反対の闘い、反戦闘争、選挙闘争だと、労働者が資本に対して行う闘いは様々である。
だが、これらの闘いの中で、本当にかちとられるものは何だろうか? 三○○○円の賃上げなり、週五日制なりの具体的獲得物は、確かにとれる場合がある。しかし、それは、インフレーションや労働強化によって、或いは労使協調主義との交換によっていつかはとりかえされざるをえない。議席の増加も、四年後には再び買収の強化によって奪還されることが多いだろう。
これらの、敗北することの多い闘いの中で労働者が真の成果として獲得できるものは、結局のところは、自分白身を歴史変革の主体的階級として結集することにしか求めることはできない。
「かれらの闘争の本当の成果は、その直接の成功ではなくして、労働者の益々拡がっていく団結である」――有名な共産党宣言のこの一節に言う「拡がりゆく団結」とは何を意味しているのか?
「この、階級への、したがって又政党への労働者の組織化は、労働者自身の間の競争によってたえずくりかえし破壊される。だが、この組織はそのたびに復活し、次第に強く、固く優勢になる」「労働者階級は、ブルジョワジーとの闘争の中で、必然的に自らを階級へと結集し……」
つまり、マルクスにとっては、労働者の闘いの真の成果としての「団結の拡大」とは、「階級への、したがって又政党への労働者の組織化」なのである。
しかし、これだけでは、未だ余りに抽象的な一般論でしかない。この「階級への組織化」の過程を、さらに具体的に掘り下げてみよう。
最初に、個々バラバラの労働者の、資本に対する反抗がはじまる。この闘いの不可避的な敗北を教訓として、労働組合=労働者の大衆組織が結成される。労働組合に組織された人達は、総体としての労働者の中では未だ一部にしかすぎないが、この労働組合の中のさらに一部の人達が、労働組合運動の限界を知って労働者政党の結成へと向うようになる。
この、個々バラバラの労働者から労働組合へ、労働組合から労働者党への段階的発展は、労働者の階級的成長の表現であるが、この成長は果して「党」の段階で終るものであろうか?
社会主義政党は、労働者の団結の最高の段階であると考える人は、ここで終るのだと考え、そこに一枚岩の絶対的権威を見出す。しかし、弁証法的な思想とは、歴史の中に、低い段階から高い段階への限りない発展を見る思想であって、いかなる段階といえども、そこに絶対的な静止を見る思想とは相容れないはずである。
あるいは、社会主義政党とは、労働者の階級的な成長とは別なところに、ア・プリオリに作られる特殊な集団だと考える人も学生運動家などの中にはいるかもしれぬ。そういう人は、労働者革命とは、圧倒的な多数者の自立した運動であると理解するマルクス主義の基礎から、やりなおして頂く以外にない。
労働者の階級性は、まさに党の内部においても、たえず発展しつづける。しかも労働者党の最も低い部分は、ほとんど労働組合の次元に接しているのであるから、この成長の構造は、ピラミッド型にならざるをえないであろう。
そして、この成長の段階に対応して、思想的グルーブ――我々はこれを分派とよぶのだが――が形成されるのは必然的だといえる。即ち、おくれた分派、すすんだ分派、前衛的分派、という形で。
かくて、労働者党の内部に形成されるピラミッド型の成長は、総体としての労働者階級の成長を表すピラミッドの頂点を形成するであろう。階級形成とは、したがって、この総体としてのピラミッド構造が、上部に向って隆起していく運動である。
労働組合――労働者党――前衛分派は、勿論原理的には対立する関係ではなくて、それぞれの内部にありながら、内部から全体を高めようとする関係にある。
労働者党は労働組合運動の最も先進的な中核でたければならず、又、前衛的分派は、党活動の最も断固たる部分を代表しなければならない(「共産主義者は実践的にはすべての国々の労働者党のもっとも断固とした常に推進的な部分であり、理論的にはプロレタリア階級の他の集団にまさって、プロレタリア運動の条件、進行および一般的結果への洞察カを持っている」『共産党宣言』)。
但し、労働組合の主たる機能は経済闘争であるし、党の主たる機能は政治闘争であり、分派の機能は主に思想闘争であるという、組織的性格の区別性と、これらが全体として、エンゲルスの指摘した階級闘争の三つの形態に対応するのだということを理解しておくべきであろう。
この経済闘争、政治闘争、思想闘争は、本来、決して並列的に列挙されるべき性質のものではない。それは、階級組織が発展段階に応じて、それぞれの内部に形成されるのと同じく、それぞれの発展の契機を内包しているのである。即ち、経済闘争の内部に政治闘争への発展の契機も包含されているし、政治闘争の内部には、思想闘争が内包されているのである。いいかえれば、経済闘争――政治闘争――思想闘争の関係は、一般的にはブルジョワ的幻想が次々とはぎとられ、労働者の階級性が純化されていく過程に対応しているのである。
マルクスは一八四八年革命を総括した「共産主義者同盟への中央委員会のよびかけ」の中で、労働者が「民主々義的小ブルジョワの偽善的言辞」への幻想をかなぐりすてて、労働者階級の最終的な勝利にむかって進んでいく革命の過程を、「永続革命」とよんだ。
この永続革命の基本概念は、革命闘争の過程についてだけでなく、更に一般的に、階級闘争の全過程についても適用されるべきであろう。すなわち、経済闘争、政治闘争、思想闘争をつらぬく階級成長の永続性の問題として。
この階級成長の永続性によって、日常闘争と革命闘争とは万里の長城によってへだてられることなく、一本の不断に強まりゆく糸でつなげられることになるのだが、しかし、革命闘争には、日常闘争における階級成長とは質的に区別されるべき一つの新しい要素――権力形成が提起されねばならない。
権力形成とは、階級成長が爆発的に進行する革命的状況の中で、階級形成の、いわば量から質への転化として、労働者の自己権力=自治権力が形成される問題である。
労働者革命とは、単に中央国家権力がブルジョワジーの手から労働者の手に移るだけのことでもなければ、軍隊、警察などの暴力装置が武装民兵によって、おきかえられるだげのことでもない。
それは全社会的規模において、即ち全生産点と全生活点に亘って、圧倒的多数者である労働者階級が他の小市民階級を指導しつつ、ブルジョワ権力とブルジョワ的支配体系を排除し、無用化することによって、新しい自治の体系を創造し、確立していく闘いとして、即ち政治革命と社会革命の統一として、理解されねばならない。又、そこにこそ、労働者革命=真の人類史を開く最後の革命を、これまでのすべての少数者革命から区別する意義があるのだ。
したがって又、議会で多数派となることによって革命を行いうるという思想は、単に革命の暴力性か、非暴力性がという議論としてだげでなく、労働者革命の本当の権力基礎とは何か、という問題として批判されねばならないのである。
それでは、この権力基礎はどの様にして形成されるのか?
その形成の過程は三つの段階に分けられるであろう。
まず最初の段階は、革命期以前の時期であって、これはまだ自己権力そのものでなく、その最初の萌芽形態として理解されるべきものである。即ち、職場の中で作られる活動家集団――闘争委員会的なもの――として。
この集団は、労働組合が、いわば無関心層をも包含する大衆組織であるのに対して、階級闘争に積極的に参加する労働者によって構成される集団であり、労働者党が革命綱領を基準として持っているのに対して、綱領を持たず、主たる機能を職場闘争におく集団である。
この種の組織は形式的にいえば、地域にも自治体闘争を主たる機能として形成される可能性がある。
しかし、職場では、日々職場秩序の支配権をめぐって、公然又は隠然と、しのぎを削る闘争が職制と労働者の間に闘われるのであって、その厳しさは地域におけるのとは、本質的な相違がある。したがって現実には、職場において主としてこの権力基礎の萌芽が形成されるのである。
権力形成の第二段階は、明確に革命闘争が開始された時期である。
この時期には、労働者階級が意識的に支配権力と対抗する革命権力の形成をすすめ、いわゆる二重権力の状態を作り出す。
この二重権力は中国革命やキューバ・ベトナム解放闘争、スペイン革命のように「戦線」が形成され、権力の二重性が空間的な区別としても明きらかにされる場合と、ロシヤ・ドイヅ革命のように、一定期間、戦線が無く、空間的には混在する場合とがある。
日本革命においては、権力形態がどういう性格のものになるかということは、戦略上極めて重要なことであるし、現状分析と革命史の総括によって、一定の想定をたてることは可能であるが、組織論のテーマから離れすぎることになるので別の機会にゆずることにしよう。
権力形成の第三段階は、中央の支配権力を打倒し、全国的規模にわたって革命権力を確立していくプロレタリア独裁の時期である。
この過程においては、残存ブルジョワジーの制圧と共に、自治能力を労働者階級が最大限に発揮する任務を持つのであって、早くもそこには、国家と階級組織の眠りこみの条件をつくる最初の萌芽がみられねばならないのである。人類史の夜明けは、まさにそこにはじまるのである。
こうして、労働者階級の自己権力は、その萌芽期としての活動家集団から、二重権力の時期を経て、プロレタリア独裁の時期に確立していくのであるが、この過程を通じて、決定的ともいえる役割りを担うのは、権力形成の核としての労働者党である。労働組合が、こうした時期には、その性格上機能しないのに対して、労働者党と前衛分派は、まさにこの時期において、党の歴史の集約ともいうべき、深刻なテストを受けねばならない。この試練に堪えうる党と前衛分派は、日本に於て如何にして形成されるであろうか?
日本社会党は労働者の階級形成にどの様にかかわり合ってきただろうか?
それは一方では、労働運動の主流たる民同の政治部の役割りを果すと共に、革新的市民=反独占プチブルの政治意志の代弁者の役割りも果してきた。即ち、一言でいえば、労働者とプチブルの連合戦線党的な階級性格を持ってきたのである。
そのために、重大な政治問題がおきるたびに、民社党がためらうことなく自民党側についたのに対し、社会党が常に動揺性をあらわし、その問題がしばしば党内闘争の争点になってきたのである。つまり、一定の戦闘性と、一定の小市民的大衆性が党の中で決定的に分裂することなく今日までつづいてきたということが言えよう。社会党が、そのようなものとして今日まで革新勢力の中心たりえてきた背景は、高成長、高利潤経済の過程で、労働運動がプチブル的幻想を強く持ったまま発展してきたという客観的情勢である。いいかえれば、高成長に支えられた民同型アベック闘争のみせかけの戦闘性や、平和と民主々義に対する小市民的熱意が、支配階級によるムキ出しの弾圧という試練を経ることなく社会党の中に混在し、又は、丁度手頃な政治的代弁者を見出してきたのである。
しかし、これからはじまろうとしている階級対立の時代は、高成長=高利潤を過去のものをする深刻な利潤率低下、国際競争の激化を背景として、労資の間に一センチの譲歩の余地も残さない決定的な対立、譲歩と妥協のルールとしての民主々義がその成立条件を失い、それに代って一切の反抗の制圧=ファシズムが準備される時代なのである。
もはやそこには、労働者の階級性とプチブル性が混在している条件はない。ブルジョワジーのつきつける鋭い刃の前で、社会党が選びうる道は、徹底抗戦による階級性の純化の道か、完全な屈服によるプチブル党への堕落の道か、二つに一つしかないのである。この点においてこそ、社会党のいわゆる危機の本質が指摘される必要があろう。
又、いわゆる労働運動の右傾化も、かかる状況に直面して、これまで安住してきた幹部の座を守るために完全屈服の道を選ぼうとする指導部の一般的傾向としてだけでなく、巧妙で苛酷な合理化攻撃によって去勢されつつある現場の労働者の、一側面の反映としても見る必要がある。しかし、ほかならぬこの合理化攻撃の中でこそ、容赦を求めぬかわりに一切の容赦を許さない労働者の不屈の戦士がきたえられるのである。日本社会党を革命的な労働者党に変革するためには、この反合闘争で形成される戦闘的労働者に依拠する以外にはない。この試みは、党の上層部の感覚からみれば、絶望的なまでに困難な作業ではあるだろうけれども、やはりその難事業を遂行する以外には、日本革命を担う党建設は出来ないのである。
一枚岩原理に立つ日本共産党は、内部から変革されない構造になっているために、ひとたび体制内路線=プチブル路線を走りはじめると、その路線の矛盾が生み出すカベに激突するまで方針を転換することのできない盲目の馬車に似ている。この党の中においては、労働者は成長を停止し、党中央の権威を信頼する一種の疎外されたプチブル集団へと奇型化していく。
この党を変えることができるのは、ただ外部からの圧倒的な社会内力、即ちその階級性の高さによって、前衛党の呪縛を破った自立せる労働者の大軍の力だけである。
それでは、社共いずれも、ただ外部からしかのりこえることができないと考える新左翼諸派についてはどうか?
彼らの思想的源流はいうまでもなくトロツキーであるが、彼の、革命期における軍事的指導力の卓越性とは対照的な平常時における著しい組織力の貧困が、日本の新左翼諸派にもひきつがれていることを指摘できる。
その欠点は、単に組織技術の拙さに由来するのではなくて、もっと根本的な思想性――労働者の階級成長に対する哲学の貧困――に基くのであって、結局彼らにとっては、労働者とは、彼らイデオロギー的エリートの作戦に沿って動く軍団としかみなされないのである。レーニンが「曲った杖を逆に曲げる」ために書いた「何をなすべきか」の「社会主義意識の外部注入」と「中央集権的前衛」の構想は、彼らが共産党の官僚主義に反抗して脱党して以来、約七年を経た今日でもなお彼らにとって依然として疑問の余地のない聖典なのである。
彼らは、労働者に、社共をのりこえたと称する彼らの「前衛的イデオロギー」に一挙に飛躍することを要求するがゆえに、学生運動の分野ではともかく労働者の大軍の中では孤立した椅子しか占めることが出来ない。しかし、社会党を内部から変革する道こそが、日本革命の党建設の戦略的課題であると考える我々も、共産党や新左翼諸派との統一戦線を一般的には否定すべきでないと考える。それは、労働者的統一戦線の問題として後に検討することにしたい。
我々は社会党の現状を、階級的には労働者とプチブルの連合戦線党として規定した。社会党を革命の党に変革する課題の第一は、まずこれを労働者党へ純化することであり、第二に、党内に前衛的分派のイニシアティブを確立することである。
この二つの闘いは、形式的には別のことであるが、実践的には一体の内容として推進されねばならない
具体的な活動の第一は、職場の反合理化闘争の中できたえられる活動家を基軸として、党の最末端に職場支部を建設することである。現在、党内にプチブル性をはびこらせている基本的要因は、活動的労働者党員の絶対的不足であり、これがいわゆる議員党的体質、労組機関依存、日常活動の不足等の欠陥を再生産させているのである。この要因を除去するために、党の指導部を入れかえたり、党の機構いじりをしても何の解決にもなりはしない。解決のカギは、徹底して下からの党建設、職場党建設をすすめることが出来るか否かにかかっている。
次に、職場支部の活動をテコとして、党内のプチブル性と闘い(プチブル性とは、一般に階級的利益よりも個別的利益を優先させる傾向である)、総支部段階の党組織と運動を労働者的に確立し、更に都府県段階へ、中央へと党機構の最下層からピラミッド型に、労働者党への純化の闘いをつみあげること、これが党変革の基本的柱である。
この下からの党建設は、プチブル性との闘い、プチブル性の制圧のための闘いの基本であるが、これは当然に、思想闘争をも伴わねばならない。
労働者党への純化とは、党を一枚岩化することとは全く別の問題であって、労働者党の内部にも思想上の相違、階級成長の段階的相違が出てくることは先にのべた通りである。したがって、プチブル性との闘争と並行して労働者的な部分の間にも当然、思想闘争が展開されるわけであって、この思想闘争の中で全体的な階級利益を最も正しく代表する、不屈で先進的な思想、一言で言えば、前衛的思想の、イニシアティブを確立することが党変革の第二の柱とならねばならないのである。
この闘争はまず、徹底的な理論闘争の確保から始めねばならない。思想闘争の側面からみた社会党の矛盾は、個別利害集団の性格を強く持つ派閥が、本来あるべき思想分派の代行をしていることであり、この代行のために個別利害の優先→派閥を否定する、それ自体は誤っていない思考方法が、そのまま理論闘争、思想闘争を否定する態度として、あらわれてくることである。したがって、プチブル性=個別利害優先の思想を制圧する闘いが徹底的な理論闘争と並行することによって、派閥を思想的分派へ改編又は純化することが可能となるはずである。
この理論闘争は当然、綱領問題、戦略問題の論争にまで発展するであろうけれども、重要なことは、この論争の目的を一枚岩的に全体を拘束することにおくのではなくて、論争によって全体の思想性を高めつつ、最も進んだ思想のイニシアティブを確立する点におくことである。
こうして、社会党の労働者党への純化の闘いと、前衛分派のイニシアティブ確立の闘いは、実践的には、下からの職場党建設と、理論闘争の展開を中心にすすめられるわけであるが、その場合、原則として守られねばならないルールは「批判の自由と行動の統一」である。この組織原則はレーニンによって提起されたものであるがこれこそ党内における思想成長の保証と、敵権力に対抗する単一政党としての力量の効果的な発揮との、二つの課題を結合する最も簡潔で、効果的なスローガンである。
労働者の階級形成は、先に述べた様に、巾広い、低い段階から、鋭く突出した先端までピラミッド型にすすむ。この構造に対応して労働者の運動の戦線配置も又、ピラミッド型とする必要がある。
こうした戦線配置は、労働組合運動の中でも、青年行動隊の編成とか、拠点職場の設定等の如く、経験的に採用されてきたものである。即ち、キリの先端となって一点突破的役割りを果す前衛部隊と、全面展開すべき本隊の配置として。
今日の状況において、職場闘争の面では、たとえば、労組分裂の攻撃を受けた場合、たとえ第一組合が小数化してもここを唯一の闘える部隊として死守する必要があるし、組合が全体として右傾化の路線を歩む場合にも、闘争委員会の様な形で活動家集団を結集し、全く孤立した一人一人の闘いとしてでなく、少数でも結合した集団の闘いとして、ピラミッドの先端を形成する努力をつづけなければならない。
又、反戦闘争の面では、反戦青年委員会が内部的な混乱を内包しつつも、先進部隊としての役割りを果す可能性を持っている。
しかし、一九六〇年の安保闘争以来、日本共産党によって奇怪な「統一行動」論なるものが主張されてきている。それは、青年団体も婦人団体も政党も労働組合も、画一的な行動をとるのが統一行動の原則であって、これからハミ出すものは、分裂主義者で、敵の手先である、といった論理である。この論理は結局、最もおくれた部分に、他の部隊の歩調を合わせることになる誤った一枚岩主義であって、労働者の成長め多様性を無視した運動論でしかない。同様に、いわゆる「労働戦線の統一」論に於ても、丁度、第一組合と第二組合を無原則的に統一する場合の様に、統一の美名のもとに、実際は、闘争を放棄していく思想が流れているといわねばならないのである。
この様に、ピラミッド構造を無視した平面的な統一戦線論は、歴史的には一九三五年のコミンテルンの反ファッショ統一戦線にはじまるものであって、これによれば労働者の要求は、小市民的民主々義の擁護以上にすすんではならず、したがって、この統一戦線による政府は、社会主義に進むのではなくて、資本主義を民主々義的に維持するにとどまるべきものなのである。
この思想は、資本主義がファシズム体制以外に延命の道を見出しえないという経済条件の中で、問題が「ファシズムか革命か」としてしかたてられえない、という状況を理解しえなかったという点で誤っているばかりでなく、マルクスの永続革命論、即ち労働者は、小市民的幻想を一刻も早く破りすてて先へ進まねばならないという思想と、根本的に対立しているのである。労働者の運動、又は一般に統一戦線の構造は、階級形成の構造に対応して、底辺では巾広くプチブルと結合しながら、たえず先端が全体の階級成長を促進するピラミッド型でなければならないし、それこそ、日常的な改良と抵抗の闘争を、労働者革命へと連続させる戦術の基礎となるはずである。
こうした考え方は、運動の路線の上での他党派および他団体との相違をいわば批判的に肯定し、ピラミッドのしかるべき段階にそれぞれの組織を位置づけようとする立場であるが最近の学生運動の中には、共産党の一枚岩主義と同じく、自己の党派の戦術以外には一切の闘争を拒否するだけでなく、他党派を暴力的に排除するという不可解なセクト主義がみられるようになったひその著しい例は、革共同革マル派および中核派である。
他党派間の相互批判は、それが階級的成長への刺戟となる限り完全に保証されるべきだが、しかし、思想上の批判は何ら「武器の批判」を必要としないはずである。労働者階級が支配階級に抗して行使する歴史的に最も正当性のある暴力ですら、それが支配階級の圧倒的暴力装置に対する自己防衛の手段として、はじめて道義性を主張しうるはずである。
左翼の間に、もしも「武器の批判」が必要だとしたら、それは労働者自身の成長に対する不信の表明であると共に、スターリン時代の産物であるセクト的野心の表明でもあるといわざるをえない。
マルクスは第一インターナショナルの出発に際して、労働者の共同の行動と討論から生まれる思想的成長に、全面的な信頼をおいていた。その確信は、バクーニンとの分派闘争の過程で第一インターの解散を決意した時期のマルクスの心の中ではゆらいでいたのかもしれない。しかし、我々はやはりくりかえし、たちかえらなげればならないはずである。「労働者の階級への形成は、資本に対する共同の闘争と、労働者相互の討論によってはじめて保証されるのであって、宗派的な争いによってではたい」という原則に。