中ソ論争の中心問題について中国共産党(以下、中共)は、「いまなお帝国主義と資本主義制度のもとにおかれている世界人口の三分の二の人民が今後もなお革命をおこなう必要があることをみとめるかどうかの問題であり、すでに社会主義の道をあゆんでいる世界人口の三分の一をしめる人民が今後もなお革命を最後までやりとげる必要があることをみとめるかどうかの問題である」(一九六三年六月一四日付、『中国共産党中央委員会のソ連共産党中央委員会への書簡――国際共産主義運動の総路線についての提案』)という。
われわれは、この問題意識がどの程度真実であり、どの程度真実の解決をふくんでいるかを問題とする。もちろん、われわれの出発点は、世界革命に駆られる世界と日本の現実であり、この世界史的現実に問いかけることによってのみ、この論争を主体化できるし、マルクス主義を革命的な息吹きをもって把握することができる。
一口にいえば、われわれは永続革命=世界革命の問題としてとらえる。
プロレタリア永続革命は二つの段階に分けられる。すなわち、第一の段階はプロレタリアートが存在してから「さしあたり一国的」に権力を獲得するまで、第二の段階は、プロレタリアートが「さしあたり一国的」に権力を獲得してから共産主義に至るまで。
そして、いままでの一国的なやり方と異なって、前者も後者も「全体としての世界史」のなかで問題にする。
「全体」は「部分」の単なる寄せ集めではない。「全体」が成立するや「部分」はますますそれに依存する。「全体としての世界史」の成立こそが現代である。だからこそ現代は、共産主義の実践的前提条件が成熟しているのである。
「共産主義とその活動は『世界史的』存在としてのみ存在する」(『ドイッチェ・イデオロギー』)。
中ソ論争は、具体的なもの、特殊的なもののなかで原則を捨てるのが修正主義であり、具体的なもの、特殊的なものを捨てて原則だけを主張するのが教条主義だといっている。われわれは、見られる通り、この出発点としての生き生きとした世界史的現実のなかで、旧い前提となっている教条そのものを問題にすることを恐れず、しかも忘れさられたマルクス主義の生命をなす革命的原則を復活するであろう! 実践的になるほどのものは、強烈な公式にしぼり上げられなければならぬ。そして、その公式が壁にぶち当るや、その公式を捨てるとともにその公式の基礎をなす体系まで捨てる人たちとも、その壁に当った公式を具体的実践に結びつけるということで、いつのまにか公式を勝手に別ものにしている人たちとも、かくして、われわれは決定的に異なるものである!
(階級形成――「さしあたり一国的な革命」)
――国民的地盤に立つブルジョア革命と
世界的地盤に立つプロレタリア革命――
後進国一段階革命
(1) ブルジョアジーはプロレタリアートの反抗の結果としてはじめて自己意識=階級意識を発生させプロレタリアートを抑圧する階級へと形成される。
(2) プロレタリアートの階級への形成はブルジョアジーの「団結」の形成の結果である。
(3) 第一の円環=経済闘争は、第二の円環=政治闘争を生むとともに、後者は前者をいっそう強める。原因が結果となり結果が原因となる。
(4) プロレタリアートは自己の階級的普遍性を、まずブルジョアジーの普遍性の表現=「密集した敵*」を生みだし、それに対する対抗として自己自身にとっての階級へと形成し純化する――反抗は敵を集中させる――。
(5) ブルジョアジーがどの程度分裂しているかは、ブルジョアジーの強さ、ブルジョア的諸関係の強さを示し、プロレタリアートの闘争の弱さを示す。
(6) ブルジョアジーの譲歩によるプロレタリアートの改良は、ブルジョアジーの分裂のプロレタリアートによる利用である。
(11) ブルジョアは経済的搾取によってプロレタリアの経済闘争(部分的反抗)を準備し、政治的抑圧によってプロレタリアの政治闘争を準備せざるをえない。そしてプロレタリアは、経済闘争によって敵を生み出し、政治闘争によって敵と味方を純化しつつ再生産しながらブルジョアジーを爆破せざるをえない。
プロレタリアートの階級形成にとって大切なことは「ブルジョア社会に属しかつ属さない階級」(『ヘーゲル法哲学批判序説』)としてつかまれるべきプロレタリアートが、すなわち自分自身に対する関係が同時に他者への関係となっているこの階級が、全ブルジョア社会の批判(自己批判)と転覆を可能ならしめるために、それとの対抗によってプロレタリアートが革命的プロレタリアートとして自らを形成するべき対象、すなわち自らにふさわしい打倒対象を密集した敵として生みだすということ、それに自らを対抗せしめることによって「プロレタリアートの階級への形成、それとともに党への構成」(『共産党宣言』)すなわちプロレタリアの部分的団結は全国的団結へと、それとともに「転覆の党」は「真実に革命的な党」へと、そういうものとしてプロレタリアートの党への構成を推し進めることが可能となるということ、こういう構造をそなえているということが大切である。
この階級形成の国際主義的性質については永続革命の第二段階としての世界革命において、それとして見る(エンゲルスの『共産主義の原則』第一九問ととくに『フランスにおける階級闘争』における世界革命についての叙述、端的には『フランスの内乱』第四章に注意すること)。こうした事柄の核心は、『フランスにおける階級闘争』の冒頭前文にかかげられている(これは同時に『哲学の貧困』の最後の節「同盟罷業と労働者の団結」と併せて参照されるべきである)。
「一八四八年から一八四九年までの革命の歴史のかなり重要な部分には、ほんの二三の章をのぞいて、いずれもこんな表題がついている、――革命の敗北!
これらの敗北において倒れたものは革命そのものではなかった。倒れたのは前革命的・伝統的な付属物、未だけわしい階級対立にまで尖鋭化していない社会的諸関係が生み出したもの――二月革命以前には革命政党が離脱していなかった人物や幻想や観念や計画である。革命政党は二月の勝利によってではなく、一連の敗北によってはじめて、これらのものから自由になることができたのであった。ひとくちに言えば、革命的進歩は、その直接的な悲喜劇的な成果によってではなく、逆に、緊密で強大な反革命を生み出すことによってその進路をきりひらいたのであり、この敵と闘うことを通じてはじめて、転覆の党は真に革命的な政党へと成熟したのであった。 このことを立証するのが、以下のページの課題である」(『フランスにおける階級闘争』)。
★〔1〕国民的革命の社会革命からの外見的独立性の喪失
(13) 封建勢力に対抗してブルジョアジーが自己を階級へと形成する過程が進行する時代の、すなわち、世界的に資本主義が体制的に成立する時代(資本主義体制は最初から国際的性格をもち、それが世界史的にはじめて成立する時代)の革命は、プロレタリア革命からの外観上の独立性を純粋に見せ、広範なブルジョア民主主義を成立させるが、世界市場の激しい競争と、先進国プロレタリアートの強力な影響をうける後進国では、封建勢力に対抗してブルジョアジーが自己を階級へと形成する過程と同時に、第一図の第二の円環過程も強力に進行し、封建勢力に対抗するブルジョアジーの背後に強力な革命的プロレタリアートが迫っている結果、ブルジョアジーは革命性をしだいに失い、プロレタリアートのまえに封建勢力との妥協を強める。第二図の第一の円環は辿っているが、第二の円環が強力に進行しない(また、一つの階級は、自分自身のもつ特定の非抑圧階級に反抗されるまでは、自分を抑圧する階級を打倒したあとには階級のない社会があらわれると考えている。先進国ブルジョア革命はそうであるからこそ、激しい民主主義的幻想をもっていた)。しかし、それによってプロレタリアートの背にブルジョア民主主義革命の任務が与えられるのではなく(トロツキーの後進国革命論と毛沢東の新民主主義論、民族民主革命論、連続的一段階革命論はこの点きわめて接近し、ブルジョアジーが民主主義革命を捨てるから民主主義革命を徹底的にかかげて進めば、いつの間にかプロレタリアート独裁になるというシロモノとなる。プロレタリア革命の永続革命論ではなく、ブルジョア革命の永続革命論である。先進国「人民戦線」も本質的には同じであり、中共のイタリア共産党批判は、自分の将来に腹を立てているのだ)、ブルジョア民主主義革命が独立した政治革命としての外観を奪われ、プロレタリア一段階革命にますます接近するのである。特に、ブルジョアジーの国際的団結*が形成される世界革命の前期においては、際立ってそうである。
(14) だから、民族自決、民族解放は外見上の独立した革命であることをやめ、「民族的独立」ではなく民族の「止揚*」を開始するプロレタリア革命として解決される。驚くべきことに中共もソ連共産党(以下、ソ共)も「国際主義と愛国主義を結びつける」として「社会主義」諸国間の関係をも律しようとし、また各国プロレタリアートに「正しい民族心」、「民族の自尊心」をもてといっている。「民族」を社会主義に結びつけるという驚くべきことをやっている(しかしこれは「民族自決」についてのレーニン主義そのものをも問題にしなければならないが)。こんなものは、後進国プロレタリアートの小ブルジョア的幻想の産物であり、「国民」となった先進国プロレタリアートの小ブルジョア的幻想である。
現代革命が、後進国プロレタリアートに(永続的)一段階プロレタリア政治革命=社会革命を押しつけ、先進国プロレタリアートにとって(永続的)同時革命でなければ革命となりえない現状となり、「社会主義」諸国の相互関係が国境の廃止による一つのプロレタリア国家になることなしに解決しない破目になっていることからして、国際プロレタリアートのこうした旧い小ブルジョア的幻想を、「反動」的なものとして捨てざるをえない方向に階級闘争の現実の論理が進んでおり、またこの反動的幻想を捨てることなしに現代革命は一歩も根本的に進みえない!
こうして、ブルジョア民主主義革命が一つの独立した政治革命としての外観をとることは歴史的に不可欠なことではない。それは一国の枠内ですべての国がとらなければならないものとはいえない。全体の世界史におけるその国の位置によってきまる。それは革命なしに社会発展段階が次々に独立した段階として経過するというのではない。社会の独立した発展段階として時間的に継起するためには政治革命を避けることはできない。しかし、旧い社会の内部に発生した新しい社会が政治革命によって自己を貫徹するまえに、もう、先進国との世界史的関係によって、さらにいっそう新たな社会性が発生し、一つの社会に次々の社会発展段階が空間的に並存するのであり、社会の発展段階をただ跳び越えるのではないが、それぞれの政治革命の外観上の独立性を奪われて、爆発する政治革命としては途中の、中間に立つ革命を「跳び越」し「省略*」して最後のものが爆発する。一国を永久不変の絶対的な単位とするのではなく、全体としての世界史の成立以後は特に、世界的関連で把えなければならない(以上のことは、ブルジョア的社会諸関係が政治革命なしに社会の中で支配的な関係となったり、はてはプロレタリアの社会が政治革命なしに自己を確立するという「構造的改良」的議論といかに無縁であるかに注意)。
★〔2〕密集した敵の産出とそれへの対抗
(16) ブルジョア世界経済の部分的体現としての個々のブルジョアに対する闘いは、そのブルジョアのたんなる特殊利益に対してではなく、ブルジョアジーとしての共通利益、すなわちブルジョア的社会関係(経済はその物化した表現)という神経に触れれば触れるほど、ブルジョアジーを怒りにたたき込み、彼らをプロレタリア抑圧のより大きな団結へ向かわせ、ブルジョアジーとしての経済的な普遍性=共通性がブルジョアジーの団結としてプロレタリアートの前に敵が人間の団結という目に見える形をとって現われ出るのである。こうして経済的階級が、目に見える政治的階級として生み出される。ブルジョアジーの共通の神経=物的社会関係に触れるような部分的団結、「矛盾のしわ寄せ」された下層労働者のこの頑固な独走を辞さない部分的団結と部分的反抗↓ブルジョアジーの階級としての怒りと彼らの結集、上層プロレタリアへの衝撃↓プロレタリアートの旧い団結の限界の暴露からより革命的な団結への脱皮。これが無力な「統一と団結」でもなく、下層労働者主義でもなく、大企業労働者主義でもない、団結の革命的再生産の方法である。
(17) 革命の暴力性、「平和移行」をめぐるトリアッチと中共の論争は、革命の暴力性は先進国の同時革命としてのみ実際に現実となりうるということに考えも及ばぬ論争であるが、同時に国家権力の問題が静止的にとり上げられて、民主主義があるから平和革命、民主主義がないから暴力革命とか、敵の出方による、よらない、とかいう議論をこえることができず、中共も、平和的方法と暴力的方法の二つの方法を兼備せよといっているが、革命については根本的に一つの道、暴力革命しかなく、それは、階級闘争が、国家権力をフランス大革命のような封建勢力の大掃除をやった徹底した民主主義革命のあとでも立法権力から行政権力へ権限を移行し最後には行政権力の外観上の自立(「成長しきったブルジョア社会が、ついには資本による労働の隷属化のための一手段に変形してしまった国家権力のもっとも醜悪な形態、究極的な形態」――『フランスの内乱』)に向って運動せしめるという、運動の論理、階級闘争の論理から説かれていはしない。――労農派の平和革命論も、議会に基礎をおく民主主義国家になったから平和革命だといっているにすぎぬ。たしかにマルクス、エンゲルスは、イギリスについて「平和的合法的な道*」をいい、その他の国についてもその可能性をにおわせ、マルクスのアムステルダムでの演説では、フランスと異なった道をにおわせている。しかしそれは、フランスの階級闘争把握の原理的構造とは異なった構造をいっているのではない(構改派はさかんにそのように言う)。『フランスにおける階級闘争』は歴史の経験論的総括ではなくて、原理の「証明」なのだ。「平和的合法的な道」とは、プロレタリアートがブルジョア民主主義を利用しつくして、プロレタリアートが目に見える巨大な階級としてブルジョアジーにせまり(それにつれて「国家の抑圧的な側面はいよいよ顕著になる」――『フランスにおける階級闘争』――ことによって民主主義をプロレタリアートから奪われるが、その間の時期に)この組織された叛乱軍を前にして武装解除されるさい、この巨大な目に見える階級へと形成された人間の暴力的結合のまえに武力的抑圧を比較的にあきらめざるを得ないという極限への可能性をいっていると考えなければならない。
★〔3〕「過渡的政府」とファッシズム、ボナパルティズム
(18) 日本の憲法闘争(または日共でいえば次の安保闘争)も、この革命の永続的性格をしっかりと把握していることが不可欠であ*る。たとえば「護憲」。「憲法改悪阻止闘争」は「護憲主義者」とも当面共闘するし、共同戦**線さえも組む。しかし、巨大な労働者の大群の政治的大衆ストライキの嵐と戦闘的な街頭行動なしには勝利しえない。そこでこの労働者の大群の決起によってのみ獲得され得る改憲の挫折は、「護憲・民主・中立の政府」(日共でいえば「民族・民主政府」というプロレタリア革命にとって「過渡的政府」だとするシロモノによって収束されようとするであろう。巨大な労働者のものすごい犠牲によってのみ獲得されるこの「成果」をこうしたものですりかえようとするのに対して、労働者からは今まで鬱積していた(ブルジョアジーの強さのもとであきらめさせられていた)要求が次々にとび出し、この「政府」に入りこまなくなる。そこでこの「政府」は、自己を確立しようとすれば、打ち倒されたはずの旧い勢力と同盟して、「行きすぎる」労働者に血の雨をふらすであろう。
これはほとんど確実に見通されることで、もしこの「政府」がそれをできないとすれば、たちどころに崩壊し、ながい左翼への期待は裏切られて虚脱した大衆をファッシズムがさらうであろう。だからこそ、われわれは、「憲法改悪阻止」のなかで護憲主義者等とも共闘を組みつつもそのなかでプロレタリア革命の勢力を自立させ、彼らが「勝利」のとたん裏切りを開始するのをただちに粉砕できるようにいまから用意し、過渡になり得ぬ「過渡的政府」の幻想を打ち破らなければ勝利はない。革命的統一戦線戦術とはかかるものである(日本社会党が、この「下からの突き上げ」に備えて「主体性」をきずこうとしているのに注意)。
(19) 別の機会に詳論するが、ファッシズムについての有名なディミトロフ=スターリン規定を廃棄することが必要である。コミンテルン第七回大会――「第七回大会、スターリニズム克服の第一歩」(津田道夫『現代コミュニズム史』)などという構改のウソを爆破せよ。第七回大会は一国革命論、国民主義の飛躍的普遍化である――でディミトロフはスターリンをたたえながらいう、「ファシズムは金融資本のもっとも反動的な、もっとも排外主義的な、もっとも帝国主義的な分子の公然たるテロリズム独裁である。」こうした規定から、「民主主義的、自由主義的」大ブルジョアジー、「民主主義的」帝国主義国との同盟を合理化した。他方トロツキズムは、金融資本の支配の別の形態だという。革命的な統一戦線戦術のためには、ファッシズムのこうした恣意的な規定を廃棄し、ファッシズムは帝国主義段階のボナパルティズムそのものとして把えなければ、ファッシズムの全面的把握に至らない。――帝国主義段階に残存する旧い中間層に注目すること。行政権力の前述の外見的自立過程に注目すること。「ブルジョアジーはすでに国民を統治する能力を失ったが労働者階級はまだこの能力を獲得するにいたらなかった一時期において可能な唯一の政治形態」「労働に対する資本の権力のもっとも醜悪な形態、究極的な形態*」にむかって、行政権――官僚・軍隊・警察の系統図――そのものが外見的に自立してゆく過程としてのファッシズムの形成過程との対決としての反ファッシズムとしてとらえること。それとともに、単なる「一通過点」にしてしまう卑小化されたボナパルティズム論の粉砕。先進国がこの過程をたどっていることに注目するとともに、後進国での広範な軍事独裁の多くが、世界的規模でのプロレタリアートとブルジョアジーの力の平衡状態のなかで、ブルジョア民主主義革命が始まるや否や、突出するプロレタリア革命に恐怖して農民層を基礎にたちまち行政権力の外見的自立としてのボナパルティズムに収斂するものであることに注目すること。
先進国、後進国のこうした事態は、現代が世界革命の成熟しつつある時期であることの必然的な徴候である。平和と民主主義ボケへ冷水を! ボナパルティズム=ファッシズムは私有財産の権力そのものである*。多少とも所有する有産階級のあれこれの構成メンバーがこの権力の成立に嘆息し、躊躇し、「民主主義的」動揺もするのは、最後の革命期での所有する支配階級の激しいかつ急速な解体の徴候を意味し、だからこそ第一インターのマルクスがいうように、ボナパルティズムかプロレタリア革命か、「コミューンか帝国か」と問題がたち、ファッシズムかプロレタリア革命かと問題が現実にたてられており、断固たる革命的プロレタリアートの進軍を歴史が要求するのである。
(世界革命の時代――同時革命)
――世界革命の内容的始点としての後進国革命と組織的端緒としての先進国革命――
革命がプロレタリア革命の性格をもつ限り、内容上はじめから「一つの世界革命」であり、世界的に同時の革命であり、形式上、プロレタリアートはまずその国のブルジョアジーを打倒しなければならないという意味で「さしあたり一国的な」革命である。後進国革命も内容上すでに「一つの世界革命」の性格をもち、先進国革命も形式上なお「さしあたり一国的」である。しかし、世界革命の内容的始点である後進国革命は先進国革命に媒介されてはじめて、形式からしても公然と組織だてられた「一つの世界革命」、世界的に一つのものとして組織だてられたプロレタリア独裁による社会革命の完遂となるのである。プロレタリア革命が世界的内容を発展させるにふさわしい世界的な形式を自分自身に与える組織的端緒は先進国における革命である。
先進国同時革命
(1) 先進国ブルジョアジーは恐慌によって後進国革命を準備し、反革命十字軍によって先進国革命を準備する。そして、後進国革命は第一にブルジョア的生活諸関係そのものに手をつけることによって、第二に先進国プロレタリアートとの革命的結合によって、先進国革命へ波及する。
★〔1〕恐慌↓後進国革命の爆発
(2) 戦後資本主義の一時的な繁栄の外観に目を奪われて、広範な改良主義が発生したが、いわゆる「過激派」も、夢中の闘争が敗北したあと、資本主義が無限に日和を続けるのではないかと絶望してともに革命戦線を逃亡した。革命からなんとか逃げ出さないでいようとする部分も、一方では「恐慌待望論」を攻撃して、「構造的改良」によって「革命に接近する」のだという客観主義的改良主義に堕落し、他方では「客観主義」を攻撃して「革命的情勢をつくる」のだと称して主観主義的改良主義に陥没した。
「新たなる革命は新たなる恐慌に打続くものとしてのみ可能である。だが、恐慌の到来が確実であるように、革命もまた確実である」(『フランスにおける階級闘争』)。この原則を革命的に把握しつづけていなければならない。恐慌は物というかたちをとったブルジョア的社会諸関係の人間の力に対する反逆であるが、世界市場を支配する先進諸国に比べて、いわゆる「矛盾のしわ寄せされた」後進諸国で激しく革命として爆発する。「恐慌が先ず大陸に革命をひき起すとしても、革命の根源は常にイギリスにあるのである。ブルジョア的身体の心臓より四肢において強力なる爆発が先ず起こるに違いないことはいうまでもない。というのは、心臓にあっては四肢よりも均衡化する可能性がより大きいからである」(『フランスにおける階級闘争』)。二〇世紀のロシアは一九世紀のフランスであった。
★〔2〕後進国プロレタリア革命↓国際ブルジョアジーの反革命的団結
(3) 後進国革命の先進国革命に波及する衝撃力の程度は、「その革命がどの程度まで実践的にブルジョア的生活諸関係そのものを問題にしているか、どの程度までその政治構成にしか触れてないのか」による。「大陸の諸革命がイギリスに及ぼす反作用の程度は、同時に、これらの革命がどの程度まで実際にブルジョア的生活諸関係そのものを問題にしているのか、どの程度までその政治構成にしか触れていないのか、を示す寒暖計である」(『フランスにおける階級闘争』)。
自国ブルジョアジーの打倒(絶対主義あるいはボナパルティズムの打倒の場合も)というさしあたり一国的な形式をとるが、ブルジョアジーの国際的分派としての各国ブルジョアジーの特殊利益への攻撃ではなく、世界ブルジョアジーの共通利益そのものへの攻撃としての自国ブルジョアジーの打倒、したがってそれは具体的には、単なる政治的構成を中心とした無力な「プロレタリア革命」ではなく、徹底した政治革命=社会革命の出発点としてのプロレタリア革命でなければならない。こうしてはじめて、後進国プロレタリア革命は、後進国なるがゆえに顕著に「さしあたり一国的」な革命であるが、内容上国際主義であり、現実に世界革命の一環でありうる。
トロツキーのプロレタリア革命における政治革命と社会革命の分離は、スターリニスト打倒の「革命」をスターリン主義官僚は階級ではなくカーストであり、国有は守られねばならないからとして、「政治革命であって社会革命でない」とすることで端的に示される。
後進国プロレタリア革命は、世界市場を通じて結合された世界的生産力の規定性たる世界的なといっても諸国家として公的に統括されているところのブルジョア的社会諸関係という神経に触れて、国際ブルジョアジーの反革命のための団結を生み出す。プロレタリア革命がプロレタリア革命であるほど必然的に「密集した敵を生み出す」のであって、それに泣き言をいうのはまったく革命的でない。プロレタリア階級闘争は、わざわざ、敵を集中して見せ、集中して打倒することができるようにこうした論理構造を備えているのだ。プロレタリア革命は国際ブルジョアジーの分裂を待望するのではなく、ブルジョアジーの反革命的団結に対してもう一度分裂するように画策するのはすべて犯罪である*。あるのは結合した「一つの敵」として打倒するのみ。
後進国革命の先進国革命への波及力は直接的な反先進国ブルジョアジーでもなく、帝国主義からその植民地という足を奪うことで満足する周辺革命論でもなく、プロレタリアの単なる政治革命でもなく、ブルジョア的社会関係を徹底的に攻撃するかどうかによる(トロツキーのような「貧困の平等」になるかならぬかというような泣き言の議論をこの場合許すべきではない。閉鎖的迷信的な「地方的共産主義」での「貧困の平等」と、プロレタリアートが「ブルジョア的生活諸関係を実践的に問題とする」こととは、別のことである。)後進国革命は、一段階革命としてのプロレタリア政治革命=社会革命に徹底的に接近せしめる戦術をとらねばならぬ。また、「社会主義」諸国の国内政策は、世界革命の戦術の前述した不可分な構成部分としてブルジョア的社会関係を徹底して実践的に問題にする政治革命=社会革命の前進でなければならない。この社会革命は国民的地盤をのりこえて世界的地盤を獲得すればするほど大きく前進する。「同時に社会運動でもないような政治運動は断じて存在しない」(マルクス『哲学の貧困』)。
★〔3〕国際反革命連合戦線と国際革命戦線の相互作用↓先進国同時革命
(4) 〔現代の時代規定〕
第三図の第一の円環は、世界の経済過程、世界の経済闘争の過程であり、第二の円環は世界の政治過程、世界の政治闘争の過程である。現代は、世界革命の前期、すなわちロシア革命から始った後進国革命が、あれこれの誤った幻想、旧い幻想に敗北しながらも、必然的に先進国革命へ波及する衝動に駆られている時期、後進国革命が、最後の力をふりしぼって先進資本主義諸国の同時革命へと波及し、すなわちできるだけはやくその世界革命前期を終らせ、本来の世界革命の時代――先進諸国革命を「組織的端緒」として、今までの一切の旧い革命の限界、幻想、歪曲を白昼の下にさらけだすことによってそれを乗り越え、「一つの世界革命」として組織だてられてゆく時代へと突進しようとしている時期、世界革命の前期から後期への過渡の時期(構改の「世界の構造変化」のフザケブリを想起せよ!)であるから、第三図は現代世界の基本的な過程的構造を示す。「フランス社会内部の階級闘争は、諸国民のあい対立する世界戦争に転化する。問題解決は、世界戦争によってプロレタリアートが、世界市場を支配している国民の、すなわちイギリス国民の先頭に立つ瞬間に、はじめて緒につく。革命はイギリスで結末をみるのではなく、その組織的な端緒がみられるのだ。それは息の短かい革命ではない。こんにちの世代は、モーゼが砂漠をこえて導いたユダヤ人に似ている。それは、新世界を征服しなければならないばかりでなく、新しい世界にふさわしい人間にその席をゆずるため、消えていかねばならない」(『フランスにおける階級闘争』)。
永続革命の第一段階(第一図)は永続革命の第二段階の前期(第三図)を生みだし、こんどは原因が結果となり結果が原因となって、第二段階前期(世界革命前期)の世界の構造に第一段階の形態が依存するようになっている。従って世界革命戦略は、単に一国の革命戦略の総和ではあり得ず全体が部分の総和にすぎないものではなく、各国革命は、全体、すなわち世界革命戦略に、否定的に包摂された構成部分となる。たとえば中共は、「民族解放闘争」が現代の世界革命の重要な構成部分だというが、この「民族闘争」自体が、全体としての世界の階級闘争の成立のなかで型を変えているからこそ、世界革命の構成部分でありうるのである。ブルジョア革命もまた然り。われわれは第一段階をみる場合も、すでにこの第二段階が成立している現代のなかで問題にしている。世界革命を一国革命の寄せ集めにしてしまう戦略観は、コミンテルンの、特に第六回大会以後ますます顕著になって来ている。
(5) 〔同時革命と世界戦争〕
さて、世界経済の危機は、特に後進国の革命として爆発する。その二〇世紀における巨大な出発点はロシア革命であり、その後現在にいたるまで、この爆発をくり返し、拡大して来ている。この革命の先進資本主義諸国への、すなわち、すでにみた「革命の根源」への反作用的な衝撃力、波及力の程度は、ひとえに、その革命が「どの程度実践的にブルジョア的生活諸関係そのものを問題にしているか、どの程度までその政治構成にしか触れていないのか」にかかわる。すなわちそのプロレタリア的社会革命の強力な展開、展開力、推進力の発揮にかかわる。だから、権力を獲得したプロレタリアートの「模範と激励の役割」(中共一九六三年六月一四日付書簡)はソ共、中共が共に前提にしている「経済競争」「平和競争」(「平和共存」のなかで、生産力の増大をもって、「体制の優位」を示す――中共はそれが「革命的闘争にとって代ることはできない」といって、共同の敵・アメリカ帝国主義反対の闘争を支持せよと言っているだけである)でもなく、自国ブルジョアジーの打倒でもなく*、民族ブルジョアジーが権力をとるまえも、とったあとも、彼らが反米帝であるかぎり、あと押しをしたり(中共)、「社会主義」諸国と善隣である限り、「中立」である限り、支持したり(ソ共)――連続的であるか、間のびしているかにかかわらず二段階戦略である。「連続的二段階戦略」とプロレタリア永続革命との区別に注意――でなく(一九世紀において、世界市場の支配者、イギリスに対して反英であるかぎり、フランス・ブルジョアジーを支持するとしたら、全く革命的反英となりえない、漫画になるのは自明)、ただちに自国で可能なかぎりのブルジョア的社会関係への実践的攻撃を開始する**ことによって、全世界ブルジョアジーとりわけ最先進国ブルジョアジーの憤激を生みだし、彼らブルジョアジーの階級的自己意識をはげしく高揚させ、怒りに狂った反革命の国際的連合戦線としてブルジョア諸国が連合してたち向うという仕儀にさせることをいう。戦術的一進一退はいうまでもない。先進国ブルジョアジーの怒りと反革命的密集の努力の程度が、それを惹起する後進国革命のプロレタリア的焔熱をはかる「寒暖計」なのであって、彼らを怒りと密集に駆りたてることの少ないほど、それだけその革命が彼らにとってとるに足らないものだということである。
こうしてブルジョアジーの強固な一つの(単一のといっても、国民的地盤から切り離されない各国ブルジョアジーの相互対立が消え去るのではない。)国際的連合として、密集した敵が、生みだされるのに対して、恐れ(ソ共がこれをますます恐怖しているのはむかしからだが、中共もそれを恐れ、「スカルノ万歳」をやっている――「民族戦線」も根本的に同一物)、その同盟から離脱するよう、闘いを緩和して分裂を画策したり(ソ共)、民族主義を煽って「民族的従属」からの「民族独立」をはかっておなじく分裂を画する(中共)などは、話し合い*によってか、闘争によってかは別としても、いずれも同じ分裂画策による自己防衛であるが、問題は、この国際ブルジョアジーの階級的地位の同一性、同一の階級であることがブルジョア諸国の分裂のなかで隠されていたのが、革命のこの爆発力によって、「密集」した一つの敵」として、諸国政府の連合として、目に見えるようになるのであるから、それに対抗しようとするプロレタリアートの国際的結合が、いままでの旧い「国民」的単位の連合や、イデオロギー的結社としての国際的集団から、はじめて現実に実践的で革命的な国際的団結となりえ、こうしてプロレタリアートの一つの国際的に結合した政治闘争が可能になる)し、必然にもなる。現在ではNATOとして欧・米では一体であり**、日・米・台・韓・比の同盟、SEATO(東南アジア条約機構)もすでにこうした性格を持った国際的連合としてあるのだから、現代革命は、この国際的に結合した「一つの敵」に対する闘いとして、これら諸国の同時革命特に日本、アメリカ、ヨーロッパではますます顕著にならざるをえないところの同時革命にならざるをえない。
国際ブルジョアジーをビックリさせないで、一国革命に固執したら、それは何ら革命とはなりえず、先進国革命は革命とはなりえない。この同時革命はスターリン主義に全く欠けたものであり、それゆえにスターリン主義は、その一国革命論を爆破されないかぎり、「人民戦線」的社民化(ソ共)か、「民族戦線」的思考からヨーロッパ共産党に革命の暴力性を説きながら、それは先進国革命を社会ファッシズム論的泥沼に落とす(中共)か、――先進国革命の暴力性は同時革命としてのみ現実的なのだ――ということになる。先進国一国でその国境どまりで暴力革命(暴力革命でないかぎり革命でない)をやるとすればたちまち、ブルジョア反革命の国際十字軍に粉砕される(であってもでありえない)し、そこでトリアッチは中共の冒険主義を攻撃する、ということになる。特に、原水爆の巨大な発達の現在、同時革命だけが問題を解決することに繰り返し繰り返し注目せよ!
反革命の国際十字軍の前に一国革命を固執すれば、平和共存と平和移行が唯一の現実策に見え、そしてこれはもはや革命をやらないで、逆にプロレタリア革命闘争に「人民戦線」とソ共とが最も恐怖することになり、それにもかかわらず搾取されるプロレタリアートの闘いに駆られて「国際的緊張」が強まるあげくの果ては、「防衛の」原水爆が、お見舞するし、中共は、「歴史の運命は人間が決める」といって「革命的楽観主義」を説き、闘争激化は、これまた一国革命に固執するかぎり核戦争は阻止しえず、「廃墟の中に」云々ということに現実に陥ってしまう。ソ共、中共などの「核競争」は、この同時革命の針路の放棄がどのような道をたどらざるをえないのかを、示すものである。核戦争に対する現実的な方策を提起せずして、現代革命を語る資格はない。そして同時革命ほどリアルな解答はないのだ!
トロツキーの先進国革命論も、同時革命論ではなく各国ブルジョア権力の連続打倒論である。「ヨーロッパ・ソヴィエト連邦のスローガンはプロレタリア革命の力学に合致している」といいながら「この革命は、すべての国々で同時的には勃発するものではなく、国から国へ移ってゆくもの」などといい「われわれは他を待つことなく、われわれがイニシアティブをとれば、これが他国における闘争の刺激になることを十分に確信して、民族的土台の上に闘争を始め、継続して行かなければならない」という。
大体どんな革命も「他を待つ」ことをしないし、どんな本格的革命派もそんな指導をやらない。それにまた、どんな本格的革命的蜂起も、国内の局部的状況だけから出発すれば全く一揆に終るし、またロシア・プロレタリアートもヨーロッパの革命的情勢を予想し期待することなしに権力獲得へ突進できなかった(同時革命のスローガンが現在抽象的に聞こえるとボヤく俗論は問題とするに当らない。その「現実感覚」こそ問題であるばかりか、現実がこのスローガンを受け入れるよう余儀なくされてゆくからこそ戦略であり得る。コミューンの革命的現実性が疑いえないように同時革命の革命的現実性も疑いない)。すべていらぬ心配であり、いずれかの先進資本主義国の新たな革命は、同時革命として、「民族的土台の上に」などでなく、ただちに民族的土台をなげすて(こういったからといって、日本、アメリカ、ヨーロッパの革命的プロレタリアートに相互に舟をこいで海を渡れとだけいっているなどという卑小化は笑うべき愚論である)、全帝国主義世界の革命的蜂起とならざるを得ず、そう導かなければ敗北は必至と見よ! (「帝国主義の不均等発展の法則」――帝国主義段階における資本主義の不均等発展の法則――から、帝国主義諸国の分裂を絶対化するスターリン主義のやり方にまどわされてはならない。――こういったからといって「超帝国主義」論にならないことは自明であるから――プロレタリア革命の巨大な衝撃的爆発は、さしも激しく分裂し抗争するブルジョアジーをも肩を寄せ合わさせることを忘れるな!――そんな非難を一々心配する必要はない。また「国民」にとらわれてしまっている社民が「同時革命」を受け入れられないのは理の当然というもの)。
「ついにヨーロッパは神聖同盟の勝利によって、フランスでプロレタリアが新たな叛乱をおこすたびごとに、それは直ちに世界戦争をともなうような形をとった。新たなフランス革命はすぐさま国民的土台をすてて、ヨーロッパ的な地盤を征服することを余儀なくされている。この地盤の上でのみ、一九世紀の社会革命は遂行されうるのだ!」という『フランスにおける階級闘争』のマルクスから、原則をつかみ取らねばならぬ。
「帝国主義戦争を内乱へ」のスローガンは、開始された戦争に対するスローガンに止まらず、現代では古臭くなった規定でますます特殊な痕跡であるべきものではなく、この現代戦争についてのレーニン=ローザ・ルクセンブルク規定をますます拡大し*、ロシア革命以後、現在・未来にわたって、世界革命前期の戦争の性格と反戦闘争の必然的な歴史過程として把えなければならない。戦争の性格に現代世界の問題が集中的に表現されざるをえないのはきわめて当然であり、この問題へのリアルな接近を離れて現代革命を問題にすることはできない。
そして、世界的規模で反革命戦線と革命戦線との対抗が必然的に形成されつつあるこの時代には、「民族独立戦争」の運命もプロレタリア革命の運命に従わせられ(プロレタリア革命の作用と法則性に媒介されて従来の発展様式を一変し)、後進国革命、植民地革命では、一つの独立した革命(プロレタリアートの社会革命から、したがって他の各国革命から、分離され外見的独立性をもった、政治革命――「政治的解放」――)としてのブルジョア民主主義革命はますます消えて、プロレタリア政治革命=社会革命となり(改良主義者は、現代では後進国は社会主義に向わざるを得なくなったとして、ネルー、スカルノ、ナセルが「社会主義」に行く、という驚くべきことをいっている。プロレタリア革命なくして何の社会主義か!)、「民主主義」ではなく、社会主義を、「民族独立」ではなく、民族の「止揚」を直接課題とするプロレタリア一段階革命に接近(プロレタリア永続革命の法則性が歴史的条件の異なることによって段階的解放の不可能性としてあらわれ、変った発展の様式としての「一段階革命」という現実形態をとるものとして「接近」)する。こうして世界革命=同時革命の内容上の出発点となる。
「ついに六月の敗北――一八四八年六月のパリ・プロレタリアートの蜂起の敗北――は、ヨーロッパの専制主義的列強に対して、フランスは、国内で市民戦争――この場合階級的抑圧の戦争――を遂行するためには、どのような条件のもとでも、対外的に平和を維持しなければならない、という秘密をもらした。そこで、国民的独立のための闘いをはじめていた諸民族は、ロシア、オーストリア、プロイセンの優勢に身をまかせたが、しかし同時に、これら国民的革命の運命はプロレタリア革命の運命にしたがわせられ、その外見上の独立性、つまり大きな社会変革からの独立性を奪われた。ハンガリー人も、ポーランド人も、イタリア人も労働者が奴隷であるかぎり、いつまでも解放されえないのだ!」(『フランスにおける階級闘争』)。
一八四八年革命によって――二月革命によってではなく六月蜂起(「二つの階級の間の最初の大戦闘」マルクス)によって――つくりだされたヨーロッパの政治的構図は、現代世界の階級闘争の基本的構造を予言的に指し示した。ちょうど一八七一年のパリ・コミューンがプロレタリア革命の基本的構図を予言的に指し示したと同じように。
『フランスにおける階級闘争』第一章に端的に書きしるされている一国革命論の不可能性(それはとりもなおさず「平和共存」論の非現実性として示される)についての次の個所は、いまでは綱領的原則において、ましてその戦術的部分において、全く無視されている。
「労働者たちは、ブルジョアジーと並んで自己を解放しうると思ったように、他のブルジョア諸国民と並んで、フランスの国境の中でプロレタリア革命を完遂できるものと思っていた。しかしフランスの生産関係はフランスの対外貿易によって、世界市場におけるフランスの地位および世界市場の法則によって制約されている。世界市場の専制君主たるイギリスに反響を及ぼすヨーロッパ的な革命戦争なしに、フランスはどのようにしてその生産関係を打ちやぶればいいのであろうか?」
「プロレタリア革命はブルジョア世界と並んで一国の枠内で完遂できない」=「世界を革命的につくり変える」というための革命的な国際的団結は、権力を獲得したプロレタリアート、先進国プロレタリアート、後進国プロレタリアートの国境を越えた団結(そういう団結を基盤にした革命であるからこそ世界革命でありえ、形式的にのみ「さしあたり一国的」でありうるにもかかわらず、かかる第一義的基盤を捨てて内容的にも一国化すれば、その国民内部の統一戦線*が各国で独立性をもち**第二インターの「国民的綱領」となる)が進めば進むほど、国際ブルジョアジー、その諸分派と諸国家は、分裂するのではなくて逆に、プロレタリア革命に対する反革命という共通の目的のために団結する! 現代世界の「基本矛盾」とはかかるものである。分裂を利用して、プロレタリアートは時々改良的な勝利をする。それが一時的なのは、彼ら「ブルジョアジー」が反革命的に団結せざるを得ないように、プロレタリアートがこの改良的獲得物を革命的団結と闘争のために利用するから、である。だから、敵を密集した一つの国際的塊りとして撃破する展望を欠いた世界革命戦略は、世界についての革命的戦略では決してなくて世界についての改良主義的戦略である。
(9) 〔「社会主義」諸国の内と外――その三〕
プロレタリア独裁の根本課題、根本政策は「世界を革命的につくり変えること」である。それはいかにして可能か? 権力を獲得したプロレタリアートは、先進国革命を引きだし、それと連帯し、もって世界市場の制約、法則を打破し止揚しつつ自らの大地の上に社会主義、共産主義を実現してゆくこと、そしてそれは、すでにみたことからして、第一に全力をあげて社会革命を遂行すること(その一環としての経済建設)すなわちただちにブルジョア的生活諸関係、ブルジョア的社会諸関係を実践的に攻撃する永続過程を、直接に開始すること(=国内政策)。第二に、それによって国際ブルジョアジーは驚愕し、恐れ、自己意識=階級意識をたかめ、ブルジョアジーがますます国際的に密集した一つの敵として生みだされるのであるから、その国際ブルジョアジーの一つの政府のように堆積し密集して現われ出る敵を撃破するためには、それとともに社会革命をやりぬくためには、全世界プロレタリアートの革命的団結と闘争に結びつくこと(=対外政策)。――国内政策と対外政策の不可分な必然的関係をトロツキーもスターリンも見落していることはすでに述べた。――こうしてプロレタリア独裁の世界革命のための根本政策(根本的な国家的行動)が二つの側面の不可分の結合(対内的関係と対外的関係のプロレタリア的階級的統一)としてあることが、とらえられる。そして、このプロレタリア独裁の国家的共同行動に促進されて、先進国プロレタリアートが革命的プロレタリアートとして登場しなければならず、それに導かれて、これまでの各国革命は、一つの組織だった世界革命へと、その限界、歪曲をつきだし、それらをつきつぶすように統一されなければならない。
たしかに「体制間矛盾」(この切り離された「矛盾」)は世界の体制を少しも変えることはできない(そのことから、――このような目には――このプロレタリア独裁はその外の世界の革命的改造について何らなすすべはないように見え、それゆえに、他国の革命はその他国の人民の事業、ということでそれと自らを無関係とするという意味での「内政不干渉」しかないように見える)。だからといってプロレタリア革命の対外政策(対外行動)はブルジョア世界との平和共存を目ざすものではなく、それを革命的につくり変えることを目ざすのである。その方法は前述のとおり。プロレタリア権力が直接に外から「幸せを強制する」(エンゲルスのカウツキー宛の手紙)ことができず、また、そのようなことをすれば「自己の勝利を無に帰せしめる」ことになるのは、第一に、そのようなことをやれば自分自身が他民族を抑圧する民族になるからであり*、第二に、外的に強制された民族は、排外主義によって反動に大衆が売り渡されて反動が強化され、革命的勢力が無力な孤立にさらされるからであり、いずれにしても世界革命を挫折させるからであって、ブルジョア世界と共存できなくなるからでもなければ軍事的物理力(「幸せを強制する」に足らない軍事力)の問題でもなく、また、その国の神聖不可侵の一国革命への外からの干渉として道義的に許されぬ問題なのでもない。
中共は平和共存の「戦略化」を否定しているか? そうではない。たしかに中共は「社会主義国の総路線を平和共存にかぎる」とか、「一面的に帰着させる」とかに反抗して「社会主義国の対外政策」を三つ(「1プロレタリア国際主義の原則に基づいて社会主義陣営諸国の間の友好相互援助協力関係を発展させること。2五原則を基礎として社会制度の異なる国との平和共存を勝ちとり、帝国主義の侵略政策と戦争政策に反対すること。3すべての被抑圧人民と被抑圧民族の革命闘争を支援すること」)あげ「この三つの内容は、互いに関連した、切り離すことのできない、欠くことのできないものである」といっている。これはやはり、洞察された歴史的必然性=戦略のなかに平和共存をはめこんでいるのである。だからこれではソ共も、まったくそのとおり、それこそわれわれの平和共存の道だ、それを異なるようにいうのはいいがかりにすぎない、それともそういいながら平和共存を全面否定するのか、というであろう。なぜならこの三つの関連の仕方こそが問題なのであり、その関連しだいによっては、各部分も(どの各部分でも)否定されてしまうことになるから。この三つは、一国革命論なりには調和がとれる。なぜなら、革命はそれぞれ国内問題であり、その個別的革命が関連しようというのであるから! だが一たびこれが、一国の枠を越えた真のプロレタリア国際主義の革命的結合の関連のなかにおかれるやただちに三つが相互に矛盾を起しだす(すなわち幻想のなかでのみ調和しているのだ)。「平和共存をかちとる」ための条件としてのブルジョアジーの分裂は、支援するべき「革命闘争」によってブルジョアジーの「団結」(密集)となる。平和共存政策はそれによって否定されるか、平和共存政策によって革命闘争が否定されるか、という破目になるし、その分裂を利用しどの革命闘争を厳として支援するか、ということさえ「社会主義諸国」を分裂させ、破局的にその「団結」(陣営)を解体させるか、「大国ショービニズム」のもとに屈服するか、という仕儀になる。
中ソはマルクス=レーニン主義を守るかどうか、といって争っている。しかしそれは、レーニンとも遠くはなれている。レーニンはたしかに平和共存の問題を提起した(当時、「戦時共産主義」から「ネップ」に移行しようとし、国内的に農民との妥協の必要の兆しのなかでこの対外政策が出されていることに注意。対外政策は、好むと好まざるとに拘らず国内の階級闘争の転化形態)。しかし重要なことは、平和共存を「一時的」ないし「短期」としてみたのである。すなわち「世界帝国主義は、勝ち進む社会革命と共存することはできない。」「長期にわたり、ソヴィエト共和国と帝国主義諸国家が共存するということは考えられない。結局いずれか一方が勝利するであろう」といった。この時期に、コミンテルンで「多数者獲得」のために「統一戦線」が提起されたことに注意せよ(もっとも、レーニンの場合、ヨーロッパでプロレタリア革命が必ず起こり、その革命に支援されなければ反革命の国際十字軍によって粉砕されるという問題が中心であり、したがって、「帝国主義の不均等発展」によって国際ブルジョアジーの分裂を一般化し、それによって生き残るというもう一つの解答の柱があり、また一国社会主義の不可能性を主としてその国の生産力の水準の問題にする傾きから、生産力の水準が高ければ可能なのかという解釈をゆるす面がある)。
長期=戦略、短期=戦術とするのはスターリン主義の根本的な戦略戦術思想であり、レーニンのこの「長期」・「短期」をそのままに読んではならないが、少くとも、スターリン主義的な戦略観でレーニンを解釈すれば平和共存「戦略」化を否定しているといわねばならぬ(戦略=洞察された歴史的必然性、戦術=意識的実践という正しい観点からいえば、レーニンが厳密に平和共存戦略を否定していたかには問題が残るが)。それに、黒田寛一氏は平和共存の「戦略化」をスターリン主義の特徴とするが、一体戦術としてはあるのか? 戦略=洞察された歴史的必然性としてありえないものは戦術=意識的実践としてもありえない(ただし必然性は無数の偶然を通じてのみ貫徹するのだが)。敵の一時的分裂を利用する一時的防衛策も、外的に「他民族に幸せを」強制しないのも、「世界を革命的につくり変える」戦術であって、「平和共存」の戦術*ではないであろう(二〇世紀革命理論に階級形成論が一貫して欠落しているという重大な事実に注意せよ! これなくして現代の革命理論はあり得ない!)。
1963年9月初版/
(76年改訂・普及版(2003年8月)より抜粋)