永続革命=世界革命第二部
中ソ論争と永続革命=世界革命

まえおき――中ソ論争形成の現実的基礎と論争把握の方法
[中ソ論争は、中・ソの階級闘争の現況とともに世界の階級闘争の現況から把えなければならない。]

【図表】

以下の展開について――別の機会に、別の叙述形式で、原理的にも実践的にも更に詳しいものにしたい。大きな問題については大体触れられたと思うが、ノートになった。判読を乞う。

中ソ論争の根本問題と永続革命=世界革命

はじめに(中ソ論争の中心問題をいかに問題とするか)

 中ソ論争の中心問題について中国共産党(以下、中共)は、「いまなお帝国主義と資本主義制度のもとにおかれている世界人口の三分の二の人民が今後もなお革命をおこなう必要があることをみとめるかどうかの問題であり、すでに社会主義の道をあゆんでいる世界人口の三分の一をしめる人民が今後もなお革命を最後までやりとげる必要があることをみとめるかどうかの問題である」(一九六三年六月一四日付、『中国共産党中央委員会のソ連共産党中央委員会への書簡――国際共産主義運動の総路線についての提案』)という。
 われわれは、この問題意識がどの程度真実であり、どの程度真実の解決をふくんでいるかを問題とする。もちろん、われわれの出発点は、世界革命に駆られる世界と日本の現実であり、この世界史的現実に問いかけることによってのみ、この論争を主体化できるし、マルクス主義を革命的な息吹きをもって把握することができる。
 一口にいえば、われわれは永続革命=世界革命の問題としてとらえる。
 プロレタリア永続革命は二つの段階に分けられる。すなわち、第一の段階はプロレタリアートが存在してから「さしあたり一国的」に権力を獲得するまで、第二の段階は、プロレタリアートが「さしあたり一国的」に権力を獲得してから共産主義に至るまで。
 そして、いままでの一国的なやり方と異なって、前者も後者も「全体としての世界史」のなかで問題にする。
 「全体」は「部分」の単なる寄せ集めではない。「全体」が成立するや「部分」はますますそれに依存する。「全体としての世界史」の成立こそが現代である。だからこそ現代は、共産主義の実践的前提条件が成熟しているのである。
 「共産主義とその活動は『世界史的』存在としてのみ存在する」(『ドイッチェ・イデオロギー』)。
 中ソ論争は、具体的なもの、特殊的なもののなかで原則を捨てるのが修正主義であり、具体的なもの、特殊的なものを捨てて原則だけを主張するのが教条主義だといっている。われわれは、見られる通り、この出発点としての生き生きとした世界史的現実のなかで、旧い前提となっている教条そのものを問題にすることを恐れず、しかも忘れさられたマルクス主義の生命をなす革命的原則を復活するであろう!  実践的になるほどのものは、強烈な公式にしぼり上げられなければならぬ。そして、その公式が壁にぶち当るや、その公式を捨てるとともにその公式の基礎をなす体系まで捨てる人たちとも、その壁に当った公式を具体的実践に結びつけるということで、いつのまにか公式を勝手に別ものにしている人たちとも、かくして、われわれは決定的に異なるものである!

T 永続革命の第一段階

  (階級形成――「さしあたり一国的な革命」)
  ――国民的地盤に立つブルジョア革命と
    世界的地盤に立つプロレタリア革命――

〈要項〉(プロレタリアートの階級への形成)
永続革命の第一段階
〔ブルジョア革命とプロレタリア革命、民主主義革命と共産主義革命の関係〕

 〔第一図〕

後進国一段階革命

後進国のブルジョア革命(民族的独立、民主主義)のプロレタリア革命からの外観上の独立性は、先進国階級闘争の影響をうけ、特に世界革命期における世界的規模での国際的な階級形成のもとでは、ますます奪われ、プロレタリア一段階革命であることをあからさまにしてゆく。

(1) ブルジョアジーはプロレタリアートの反抗の結果としてはじめて自己意識=階級意識を発生させプロレタリアートを抑圧する階級へと形成される。
(2) プロレタリアートの階級への形成はブルジョアジーの「団結」の形成の結果である。
(3) 第一の円環=経済闘争は、第二の円環=政治闘争を生むとともに、後者は前者をいっそう強める。原因が結果となり結果が原因となる。
(4) プロレタリアートは自己の階級的普遍性を、まずブルジョアジーの普遍性の表現=「密集した敵*」を生みだし、それに対する対抗として自己自身にとっての階級へと形成し純化する――反抗は敵を集中させる――。

* ただしこの「密集した敵」は絶対主義との妥協やもはやブルジョアジーの独裁ではないボナパルティズムなどでもありうる。

(5) ブルジョアジーがどの程度分裂しているかは、ブルジョアジーの強さ、ブルジョア的諸関係の強さを示し、プロレタリアートの闘争の弱さを示す。
(6) ブルジョアジーの譲歩によるプロレタリアートの改良は、ブルジョアジーの分裂のプロレタリアートによる利用である。

(7) 後進国において、第一の円環は後進国の世界市場への依存度が大であるほど促進され、第二の円環は、強められた第一の円環によってばかりでなく、そのうえ先進国の階級闘争の影響で早くから強力に顕在化する。
(8) 第一の円環は第二の円環にますます依存し、その外観上の独立を奪われ否定されて含まれてゆく。にもかかわらず政治的国家と市民社会の分離による政治闘争と経済闘争の区別は存在する。
(9) 封建勢力に対抗して、自己を階級へと構成したブルジョアジーの付属物になっているプロレタリアートが、先進国の影響のために早くから階級を顕在化し、そのプロレタリアートの闘争の結果、ブルジョアジーは封建勢力と妥協してプロレタリアートを抑圧し、階級闘争=政治闘争となる。
(10) 外国帝国主義の支配に抗するブルジョアジーの民族独立と封建的神聖同盟の支配に抗するブルジョアジーの民族独立の区別に注意。

(11) ブルジョアは経済的搾取によってプロレタリアの経済闘争(部分的反抗)を準備し、政治的抑圧によってプロレタリアの政治闘争を準備せざるをえない。そしてプロレタリアは、経済闘争によって敵を生み出し、政治闘争によって敵と味方を純化しつつ再生産しながらブルジョアジーを爆破せざるをえない。

(12) 〔第二図〕


 プロレタリアートの階級形成にとって大切なことは「ブルジョア社会に属しかつ属さない階級」(『ヘーゲル法哲学批判序説』)としてつかまれるべきプロレタリアートが、すなわち自分自身に対する関係が同時に他者への関係となっているこの階級が、全ブルジョア社会の批判(自己批判)と転覆を可能ならしめるために、それとの対抗によってプロレタリアートが革命的プロレタリアートとして自らを形成するべき対象、すなわち自らにふさわしい打倒対象を密集した敵として生みだすということ、それに自らを対抗せしめることによって「プロレタリアートの階級への形成、それとともに党への構成」(『共産党宣言』)すなわちプロレタリアの部分的団結は全国的団結へと、それとともに「転覆の党」は「真実に革命的な党」へと、そういうものとしてプロレタリアートの党への構成を推し進めることが可能となるということ、こういう構造をそなえているということが大切である。
 この階級形成の国際主義的性質については永続革命の第二段階としての世界革命において、それとして見る(エンゲルスの『共産主義の原則』第一九問ととくに『フランスにおける階級闘争』における世界革命についての叙述、端的には『フランスの内乱』第四章に注意すること)。こうした事柄の核心は、『フランスにおける階級闘争』の冒頭前文にかかげられている(これは同時に『哲学の貧困』の最後の節「同盟罷業と労働者の団結」と併せて参照されるべきである)。
 「一八四八年から一八四九年までの革命の歴史のかなり重要な部分には、ほんの二三の章をのぞいて、いずれもこんな表題がついている、――革命の敗北!
これらの敗北において倒れたものは革命そのものではなかった。倒れたのは前革命的・伝統的な付属物、未だけわしい階級対立にまで尖鋭化していない社会的諸関係が生み出したもの――二月革命以前には革命政党が離脱していなかった人物や幻想や観念や計画である。革命政党は二月の勝利によってではなく、一連の敗北によってはじめて、これらのものから自由になることができたのであった。ひとくちに言えば、革命的進歩は、その直接的な悲喜劇的な成果によってではなく、逆に、緊密で強大な反革命を生み出すことによってその進路をきりひらいたのであり、この敵と闘うことを通じてはじめて、転覆の党は真に革命的な政党へと成熟したのであった。 このことを立証するのが、以下のページの課題である」(『フランスにおける階級闘争』)。

★〔1〕国民的革命の社会革命からの外見的独立性の喪失
(13) 封建勢力に対抗してブルジョアジーが自己を階級へと形成する過程が進行する時代の、すなわち、世界的に資本主義が体制的に成立する時代(資本主義体制は最初から国際的性格をもち、それが世界史的にはじめて成立する時代)の革命は、プロレタリア革命からの外観上の独立性を純粋に見せ、広範なブルジョア民主主義を成立させるが、世界市場の激しい競争と、先進国プロレタリアートの強力な影響をうける後進国では、封建勢力に対抗してブルジョアジーが自己を階級へと形成する過程と同時に、第一図の第二の円環過程も強力に進行し、封建勢力に対抗するブルジョアジーの背後に強力な革命的プロレタリアートが迫っている結果、ブルジョアジーは革命性をしだいに失い、プロレタリアートのまえに封建勢力との妥協を強める。第二図の第一の円環は辿っているが、第二の円環が強力に進行しない(また、一つの階級は、自分自身のもつ特定の非抑圧階級に反抗されるまでは、自分を抑圧する階級を打倒したあとには階級のない社会があらわれると考えている。先進国ブルジョア革命はそうであるからこそ、激しい民主主義的幻想をもっていた)。しかし、それによってプロレタリアートの背にブルジョア民主主義革命の任務が与えられるのではなく(トロツキーの後進国革命論と毛沢東の新民主主義論、民族民主革命論、連続的一段階革命論はこの点きわめて接近し、ブルジョアジーが民主主義革命を捨てるから民主主義革命を徹底的にかかげて進めば、いつの間にかプロレタリアート独裁になるというシロモノとなる。プロレタリア革命の永続革命論ではなく、ブルジョア革命の永続革命論である。先進国「人民戦線」も本質的には同じであり、中共のイタリア共産党批判は、自分の将来に腹を立てているのだ)、ブルジョア民主主義革命が独立した政治革命としての外観を奪われ、プロレタリア一段階革命にますます接近するのである。特に、ブルジョアジーの国際的団結*が形成される世界革命の前期においては、際立ってそうである。

* ますます激化するブルジョア相互の競争、国際的競争、反撥の中に反撥だけをみとめることを止めなければならない。ますます強力な相互反撥によって崩壊するとはいえ、そこに崩壊すべきもの、つまり相互牽引が、革命的プロレタリアートのまえに、同時にまた強力に再生産されつつあるのだ。しかしこの「団結」は、「競争にかえるに団結をもってする」、「団結を通じて結合する」ところの労働者の団結としっかり区別されなければならない。

(14) だから、民族自決、民族解放は外見上の独立した革命であることをやめ、「民族的独立」ではなく民族の「止揚*」を開始するプロレタリア革命として解決される。驚くべきことに中共もソ連共産党(以下、ソ共)も「国際主義と愛国主義を結びつける」として「社会主義」諸国間の関係をも律しようとし、また各国プロレタリアートに「正しい民族心」、「民族の自尊心」をもてといっている。「民族」を社会主義に結びつけるという驚くべきことをやっている(しかしこれは「民族自決」についてのレーニン主義そのものをも問題にしなければならないが)。こんなものは、後進国プロレタリアートの小ブルジョア的幻想の産物であり、「国民」となった先進国プロレタリアートの小ブルジョア的幻想である。

* 民族の解消ではなくて民族の「積極的止揚」でなくてはならない。民族的独立とは「民族」が「国民」となることである。すでにブルジョア革命が、部族組織、氏族社会の解体を通じて生みだされた市民社会=ブルジョア社会を基礎として民族が国民となる国民的革命である。プロレタリア革命は形式上なおさしあたり国民的な、しかし内容上国際的なプロレタリアートの支配として、この「国民」をも止揚してゆくものである。プロレタリア革命はもはや国民的革命ではないものとしてこそ世界革命である。民族解放は世界革命の時代においては、もはや国民的地盤に緊縛された単なる民族的独立=国民的革命としてではなく、「国民」をふくみつつこれを否定したプロレタリアートの世界的地盤に立って遂行される。

 現代革命が、後進国プロレタリアートに(永続的)一段階プロレタリア政治革命=社会革命を押しつけ、先進国プロレタリアートにとって(永続的)同時革命でなければ革命となりえない現状となり、「社会主義」諸国の相互関係が国境の廃止による一つのプロレタリア国家になることなしに解決しない破目になっていることからして、国際プロレタリアートのこうした旧い小ブルジョア的幻想を、「反動」的なものとして捨てざるをえない方向に階級闘争の現実の論理が進んでおり、またこの反動的幻想を捨てることなしに現代革命は一歩も根本的に進みえない!

(15) 民主主義革命の勢力とプロレタリア革命の勢力が相互に闘いながら同盟して外国帝国主義と国内封建主義の権力を打倒し、ただちに、打倒された敵ではなく、かつての味方であるブルジョア民主主義勢力に(彼らがプロレタリアートを裏切りブルジョア革命としての独立性をかためるのを粉砕すべく)革命の主砲をむけ、プロレタリア革命の出発点となり、帝国主義段階では、特に世界革命前期の現代ではますますブルジョア革命のプロレタリア革命からの外見上の独立性を奪われる。

 こうして、ブルジョア民主主義革命が一つの独立した政治革命としての外観をとることは歴史的に不可欠なことではない。それは一国の枠内ですべての国がとらなければならないものとはいえない。全体の世界史におけるその国の位置によってきまる。それは革命なしに社会発展段階が次々に独立した段階として経過するというのではない。社会の独立した発展段階として時間的に継起するためには政治革命を避けることはできない。しかし、旧い社会の内部に発生した新しい社会が政治革命によって自己を貫徹するまえに、もう、先進国との世界史的関係によって、さらにいっそう新たな社会性が発生し、一つの社会に次々の社会発展段階が空間的に並存するのであり、社会の発展段階をただ跳び越えるのではないが、それぞれの政治革命の外観上の独立性を奪われて、爆発する政治革命としては途中の、中間に立つ革命を「跳び越」し「省略*」して最後のものが爆発する。一国を永久不変の絶対的な単位とするのではなく、全体としての世界史の成立以後は特に、世界的関連で把えなければならない(以上のことは、ブルジョア的社会諸関係が政治革命なしに社会の中で支配的な関係となったり、はてはプロレタリアの社会が政治革命なしに自己を確立するという「構造的改良」的議論といかに無縁であるかに注意)。

* これはトロツキーの表現だが、それへの批判に注意されたい。この革命ははっきりとプロレタリア革命であって、民主主義革命を含みつつ、しかしこれを否定しているのでなければならない。

★〔2〕密集した敵の産出とそれへの対抗
(16) ブルジョア世界経済の部分的体現としての個々のブルジョアに対する闘いは、そのブルジョアのたんなる特殊利益に対してではなく、ブルジョアジーとしての共通利益、すなわちブルジョア的社会関係(経済はその物化した表現)という神経に触れれば触れるほど、ブルジョアジーを怒りにたたき込み、彼らをプロレタリア抑圧のより大きな団結へ向かわせ、ブルジョアジーとしての経済的な普遍性=共通性がブルジョアジーの団結としてプロレタリアートの前に敵が人間の団結という目に見える形をとって現われ出るのである。こうして経済的階級が、目に見える政治的階級として生み出される。ブルジョアジーの共通の神経=物的社会関係に触れるような部分的団結、「矛盾のしわ寄せ」された下層労働者のこの頑固な独走を辞さない部分的団結と部分的反抗↓ブルジョアジーの階級としての怒りと彼らの結集、上層プロレタリアへの衝撃↓プロレタリアートの旧い団結の限界の暴露からより革命的な団結への脱皮。これが無力な「統一と団結」でもなく、下層労働者主義でもなく、大企業労働者主義でもない、団結の革命的再生産の方法である。
(17) 革命の暴力性、「平和移行」をめぐるトリアッチと中共の論争は、革命の暴力性は先進国の同時革命としてのみ実際に現実となりうるということに考えも及ばぬ論争であるが、同時に国家権力の問題が静止的にとり上げられて、民主主義があるから平和革命、民主主義がないから暴力革命とか、敵の出方による、よらない、とかいう議論をこえることができず、中共も、平和的方法と暴力的方法の二つの方法を兼備せよといっているが、革命については根本的に一つの道、暴力革命しかなく、それは、階級闘争が、国家権力をフランス大革命のような封建勢力の大掃除をやった徹底した民主主義革命のあとでも立法権力から行政権力へ権限を移行し最後には行政権力の外観上の自立(「成長しきったブルジョア社会が、ついには資本による労働の隷属化のための一手段に変形してしまった国家権力のもっとも醜悪な形態、究極的な形態」――『フランスの内乱』)に向って運動せしめるという、運動の論理、階級闘争の論理から説かれていはしない。――労農派の平和革命論も、議会に基礎をおく民主主義国家になったから平和革命だといっているにすぎぬ。たしかにマルクス、エンゲルスは、イギリスについて「平和的合法的な道*」をいい、その他の国についてもその可能性をにおわせ、マルクスのアムステルダムでの演説では、フランスと異なった道をにおわせている。しかしそれは、フランスの階級闘争把握の原理的構造とは異なった構造をいっているのではない(構改派はさかんにそのように言う)。『フランスにおける階級闘争』は歴史の経験論的総括ではなくて、原理の「証明」なのだ。「平和的合法的な道」とは、プロレタリアートがブルジョア民主主義を利用しつくして、プロレタリアートが目に見える巨大な階級としてブルジョアジーにせまり(それにつれて「国家の抑圧的な側面はいよいよ顕著になる」――『フランスにおける階級闘争』――ことによって民主主義をプロレタリアートから奪われるが、その間の時期に)この組織された叛乱軍を前にして武装解除されるさい、この巨大な目に見える階級へと形成された人間の暴力的結合のまえに武力的抑圧を比較的にあきらめざるを得ないという極限への可能性をいっていると考えなければならない。

* マルクス『アムステルダムにおける演説』、『資本論』「英語版エンゲルス序文」などをまずもって階級闘争展開の法則性においてつかむべきであって、これをぬきにして帝国主義段階ではということで特殊的諸条件をもっぱらめぐってつかむことはできない。

★〔3〕「過渡的政府」とファッシズム、ボナパルティズム
(18) 日本の憲法闘争(または日共でいえば次の安保闘争)も、この革命の永続的性格をしっかりと把握していることが不可欠であ*る。たとえば「護憲」。「憲法改悪阻止闘争」は「護憲主義者」とも当面共闘するし、共同戦**線さえも組む。しかし、巨大な労働者の大群の政治的大衆ストライキの嵐と戦闘的な街頭行動なしには勝利しえない。そこでこの労働者の大群の決起によってのみ獲得され得る改憲の挫折は、「護憲・民主・中立の政府」(日共でいえば「民族・民主政府」というプロレタリア革命にとって「過渡的政府」だとするシロモノによって収束されようとするであろう。巨大な労働者のものすごい犠牲によってのみ獲得されるこの「成果」をこうしたものですりかえようとするのに対して、労働者からは今まで鬱積していた(ブルジョアジーの強さのもとであきらめさせられていた)要求が次々にとび出し、この「政府」に入りこまなくなる。そこでこの「政府」は、自己を確立しようとすれば、打ち倒されたはずの旧い勢力と同盟して、「行きすぎる」労働者に血の雨をふらすであろう。

* 永続革命論は封建制、君主制の打倒に関する後進国の民主主義革命についてだけの見解、意図をいっているのではない。すでに見てきているように、ブルジョア革命を経てきた先進国の階級闘争そのものにおいても原理的につかまなければならず、トロツキーの「過渡的綱領」もその永続革命論とは別個にではなく、まさに永続革命において批判的に検討されなければならない(階級形成論の欠如)。
** 初版では、統一戦線としていたが、これは敵を同じくする共同闘争の戦線であって、階級的立場をも同じくしたプロレタリア統一戦線にまでは至っていないものとして。『プロレタリア統一戦線論』を参照。

 これはほとんど確実に見通されることで、もしこの「政府」がそれをできないとすれば、たちどころに崩壊し、ながい左翼への期待は裏切られて虚脱した大衆をファッシズムがさらうであろう。だからこそ、われわれは、「憲法改悪阻止」のなかで護憲主義者等とも共闘を組みつつもそのなかでプロレタリア革命の勢力を自立させ、彼らが「勝利」のとたん裏切りを開始するのをただちに粉砕できるようにいまから用意し、過渡になり得ぬ「過渡的政府」の幻想を打ち破らなければ勝利はない。革命的統一戦線戦術とはかかるものである(日本社会党が、この「下からの突き上げ」に備えて「主体性」をきずこうとしているのに注意)。
(19) 別の機会に詳論するが、ファッシズムについての有名なディミトロフ=スターリン規定を廃棄することが必要である。コミンテルン第七回大会――「第七回大会、スターリニズム克服の第一歩」(津田道夫『現代コミュニズム史』)などという構改のウソを爆破せよ。第七回大会は一国革命論、国民主義の飛躍的普遍化である――でディミトロフはスターリンをたたえながらいう、「ファシズムは金融資本のもっとも反動的な、もっとも排外主義的な、もっとも帝国主義的な分子の公然たるテロリズム独裁である。」こうした規定から、「民主主義的、自由主義的」大ブルジョアジー、「民主主義的」帝国主義国との同盟を合理化した。他方トロツキズムは、金融資本の支配の別の形態だという。革命的な統一戦線戦術のためには、ファッシズムのこうした恣意的な規定を廃棄し、ファッシズムは帝国主義段階のボナパルティズムそのものとして把えなければ、ファッシズムの全面的把握に至らない。――帝国主義段階に残存する旧い中間層に注目すること。行政権力の前述の外見的自立過程に注目すること。「ブルジョアジーはすでに国民を統治する能力を失ったが労働者階級はまだこの能力を獲得するにいたらなかった一時期において可能な唯一の政治形態」「労働に対する資本の権力のもっとも醜悪な形態、究極的な形態*」にむかって、行政権――官僚・軍隊・警察の系統図――そのものが外見的に自立してゆく過程としてのファッシズムの形成過程との対決としての反ファッシズムとしてとらえること。それとともに、単なる「一通過点」にしてしまう卑小化されたボナパルティズム論の粉砕。先進国がこの過程をたどっていることに注目するとともに、後進国での広範な軍事独裁の多くが、世界的規模でのプロレタリアートとブルジョアジーの力の平衡状態のなかで、ブルジョア民主主義革命が始まるや否や、突出するプロレタリア革命に恐怖して農民層を基礎にたちまち行政権力の外見的自立としてのボナパルティズムに収斂するものであることに注目すること。

* 「帝政は、生れたばかりの中産階級が封建制度から自分自身を解放する手段として作りだしはじめたところのものであり、また成熟したブルジョア社会がついに資本による労働の奴隷化の手段に転化したところの、国家権力の最も悖徳的で最終的な形態である。」(『フランスの内乱』)

 先進国、後進国のこうした事態は、現代が世界革命の成熟しつつある時期であることの必然的な徴候である。平和と民主主義ボケへ冷水を! ボナパルティズム=ファッシズムは私有財産の権力そのものである*。多少とも所有する有産階級のあれこれの構成メンバーがこの権力の成立に嘆息し、躊躇し、「民主主義的」動揺もするのは、最後の革命期での所有する支配階級の激しいかつ急速な解体の徴候を意味し、だからこそ第一インターのマルクスがいうように、ボナパルティズムかプロレタリア革命か、「コミューンか帝国か」と問題がたち、ファッシズムかプロレタリア革命かと問題が現実にたてられており、断固たる革命的プロレタリアートの進軍を歴史が要求するのである。

* 「ブルジョアジーはその社会的権力を維持するために政治的権力を捨てた」(マルクス『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』)、「ボナパルティズムは全有産階級をプロレタリア革命に対抗して防衛するための権力である」(エンゲルス『ドイツ農民戦争』序文)――階級闘争の原則的展開においてこれをつかみとること。

U 永続革命の第二段階

(世界革命の時代――同時革命)
――世界革命の内容的始点としての後進国革命と組織的端緒としての先進国革命――

〈要項〉(世界革命の前期と後期)
永続革命の第二段階(世界革命の時代)=資本主義から共産主義への革命的転化の時期、過渡期、「プロレタリアートの革命的独裁」の時期
――ロシア革命にはじまる――
〔プロレタリア革命の完遂〕

@世界革命の前期(「多かれ少なかれ隠然たる」世界革命)――現代「さしあたり一国的な革命」から「一つの世界革命」へ=後進国革命から先進国革命への波及。
世界市場を支配する先進諸国の「一挙の」ないし「同時の」革命。「さしあたり一国的な」後進国革命から「一つの世界革命」(エンゲルス『共産主義の原則』)(「『一挙』ないし同時」(『ドイッチェ・イデオロギー』)、「同時的な革命」(『原則』)の「組織的な端緒」(『フランスの階級闘争』)としての先進国革命(日本、ヨーロッパ、アメリカ、なかんずくアメリカ)への波及

A世界革命の後期(「公然たる」世界革命=「一つの世界革命」)

「一つの世界革命」による「さしあたり一国的な」革命の包摂=先進国革命による後進国革命の包摂:後進国革命の一歩飛躍、「一つの世界革命」=世界的な規模での単一のプロレタリア独裁による世界的生産力の集中=世界市場の廃棄、資本主義の共産主義へのプロレタリア永続革命(=世界革命)の完遂

 革命がプロレタリア革命の性格をもつ限り、内容上はじめから「一つの世界革命」であり、世界的に同時の革命であり、形式上、プロレタリアートはまずその国のブルジョアジーを打倒しなければならないという意味で「さしあたり一国的な」革命である。後進国革命も内容上すでに「一つの世界革命」の性格をもち、先進国革命も形式上なお「さしあたり一国的」である。しかし、世界革命の内容的始点である後進国革命は先進国革命に媒介されてはじめて、形式からしても公然と組織だてられた「一つの世界革命」、世界的に一つのものとして組織だてられたプロレタリア独裁による社会革命の完遂となるのである。プロレタリア革命が世界的内容を発展させるにふさわしい世界的な形式を自分自身に与える組織的端緒は先進国における革命である。

先進国同時革命

一国革命の他の各国革命からの外観上の独立性は、世界市場を支配する先進国革命であるほどますます奪われ、形式上も、同時革命であることをあからさまにする。

先進資本主義国の革命の反作用は、旧い革命の旧い幻想と歪曲を誰の目にも公然と暴露し、それら革命を「一つの世界革命」のなかに包摂してゆく。

(1) 先進国ブルジョアジーは恐慌によって後進国革命を準備し、反革命十字軍によって先進国革命を準備する。そして、後進国革命は第一にブルジョア的生活諸関係そのものに手をつけることによって、第二に先進国プロレタリアートとの革命的結合によって、先進国革命へ波及する。

★〔1〕恐慌↓後進国革命の爆発
(2) 戦後資本主義の一時的な繁栄の外観に目を奪われて、広範な改良主義が発生したが、いわゆる「過激派」も、夢中の闘争が敗北したあと、資本主義が無限に日和を続けるのではないかと絶望してともに革命戦線を逃亡した。革命からなんとか逃げ出さないでいようとする部分も、一方では「恐慌待望論」を攻撃して、「構造的改良」によって「革命に接近する」のだという客観主義的改良主義に堕落し、他方では「客観主義」を攻撃して「革命的情勢をつくる」のだと称して主観主義的改良主義に陥没した。
「新たなる革命は新たなる恐慌に打続くものとしてのみ可能である。だが、恐慌の到来が確実であるように、革命もまた確実である」(『フランスにおける階級闘争』)。この原則を革命的に把握しつづけていなければならない。恐慌は物というかたちをとったブルジョア的社会諸関係の人間の力に対する反逆であるが、世界市場を支配する先進諸国に比べて、いわゆる「矛盾のしわ寄せされた」後進諸国で激しく革命として爆発する。「恐慌が先ず大陸に革命をひき起すとしても、革命の根源は常にイギリスにあるのである。ブルジョア的身体の心臓より四肢において強力なる爆発が先ず起こるに違いないことはいうまでもない。というのは、心臓にあっては四肢よりも均衡化する可能性がより大きいからである」(『フランスにおける階級闘争』)。二〇世紀のロシアは一九世紀のフランスであった。

★〔2〕後進国プロレタリア革命↓国際ブルジョアジーの反革命的団結
(3) 後進国革命の先進国革命に波及する衝撃力の程度は、「その革命がどの程度まで実践的にブルジョア的生活諸関係そのものを問題にしているか、どの程度までその政治構成にしか触れてないのか」による。「大陸の諸革命がイギリスに及ぼす反作用の程度は、同時に、これらの革命がどの程度まで実際にブルジョア的生活諸関係そのものを問題にしているのか、どの程度までその政治構成にしか触れていないのか、を示す寒暖計である」(『フランスにおける階級闘争』)。

 だから、後進国革命の先進国革命への波及力の強さは、その革命が、たとえば、直接にどの程度「反米帝」であるかによるのではなく、しかもどの程度自国ブルジョアジーの特殊利益と区別されたアメリカ帝国主義の特殊利益を攻撃したかによるのではなく(毛沢東的「民族戦線」)、また他方、アメリカ帝国主義の特殊利益と区別された自国ブルジョアジーの特殊利益を攻撃してアメリカ帝国主義をビックリさせないで社会主義革命をやるのだという革命にならない「中立」の道(トリアッチ的「人民戦線」)で、静かにアメリカ帝国主義の首を絞めるのだという夢想でもなく、さらに、「後進国のブルジョア民主主義革命の完遂はプロレタリアート独裁の下でのみ可能だ」として、後進国革命のプロレタリア革命であることをあいまいにいう――この本質的誤謬はプロレタリア革命は政治革命と社会革命の不可分の結合であるにもかかわらず、分離させるものである――道(トロツキー的永続革命論の第一命題としてのトロツキー的後進国一段階革命論)でもなくてこうである。

 自国ブルジョアジーの打倒(絶対主義あるいはボナパルティズムの打倒の場合も)というさしあたり一国的な形式をとるが、ブルジョアジーの国際的分派としての各国ブルジョアジーの特殊利益への攻撃ではなく、世界ブルジョアジーの共通利益そのものへの攻撃としての自国ブルジョアジーの打倒、したがってそれは具体的には、単なる政治的構成を中心とした無力な「プロレタリア革命」ではなく、徹底した政治革命=社会革命の出発点としてのプロレタリア革命でなければならない。こうしてはじめて、後進国プロレタリア革命は、後進国なるがゆえに顕著に「さしあたり一国的」な革命であるが、内容上国際主義であり、現実に世界革命の一環でありうる。

 トロツキー永続革命論の第二命題である一国社会主義の否定、各国ブルジョアジーの連続打倒論も同じ誤謬をもつ。たしかにトロツキーの「左翼反対派」はスターリンより早く、大工業化を提起した。しかし、これをスターリンによって横取りされたといって歎くのは、スターリンに横取りされるようなシロモノであったわけである。つまり「国有」を利用して生産力を上げる問題であって、「社会主義的大工業化*」の世界革命における不可分の意義を見落して、せいぜい「世界革命のトリデを強化する」問題としてしか理解せず、だから、スターリンの「クラーク(富農)撲滅運動」を「官僚的ジグザグ」として攻撃しながら、その実、トロツキーの大工業化論は、都市が大量の工業商品を農村に送り出すことによる小農との調和を中心とするものだ。スターリンもトロツキーもともに生産力主義であり、だからともに、工業化と世界革命の不可分の関連を見失ったのだ。プロレタリア革命は、政治革命=社会革命の永続過程である。社会革命をやりぬく槓杆として工業化があり、こうしたブルジョア的社会関係への攻撃は、世界に革命的衝撃を与える。社会革命をやりぬくものとしての経済建設をスターリンの生産力主義に対置して主張できなかったトロツキーは、大工業化の旗を奪われて抽象的政治主義の世界革命論となり、政治革命に疲れた大衆をスターリンに奪われて必然的に敗北した。
* 以下とくにトロツキー『裏切られた革命』より。

 トロツキーのプロレタリア革命における政治革命と社会革命の分離は、スターリニスト打倒の「革命」をスターリン主義官僚は階級ではなくカーストであり、国有は守られねばならないからとして、「政治革命であって社会革命でない」とすることで端的に示される。

これでは「社会主義」諸国の「革命」はプロレタリア世界革命からまったく切り離され、せいぜい官僚制の下での同情さるべき奴隷の反抗であり、ただその政治において、世界革命への呼びかけが出されるように願望するほかになく、世界革命への大衆的な現実的動機はつかめない。それでも、「世界平和のトリデを強化する」のか? 冗談ではない。帝国主義による反革命の牙はとがれているなかで、政治革命だけの革命が何を意味するか?  そんなものをやるプロレタリアートは存在しない!  やるとすれば、ポーランド、ハンガリー、結局チトーの道*だ。
たしかにスターリン主義官僚は「階級」ではなく、また本質においてプロレタリア共有である**。だからといって革命は一回きりのものではなく永続的なものだ。スターリン主義打倒は政治革命であって同時に社会革命である。
プロレタリア革命の前進的政治革命=社会革命であるからこそ、全ブルジョア世界に革命的衝撃を与え、一九五六年のような帝国主義への救援の声***は消えることができる。そして社会革命をやりぬくことのぶつかる現実的な壁は、彼らに世界革命への力強い政治闘争を教え込むことを可能にする。また他方、先進国革命は、その反作用として旧い後進国革命とそのプロレタリアート独裁の歪曲を最も徹底して暴露してしまうのである(これは別に触れる)。
* 「民族共産主義」突破のプロレタリア政治革命=社会革命を胚胎しているからこそ――しかし、そういうものとして権力を獲得することを規定的目的として打ち立てるにいたっていない――、ハンガリー労働者評議会は打ち倒された。
** 『共産主義の原則』(エンゲルス)での、「間接」の「プロレタリアートの政治的支配」を示唆としそれをマルクス主義においてつかみなおそうとしている。そこでは、こうなっている。 「十八問 この革命はどういう発展の道をたどるであろうか? 答 それはなによりもまず民主主義的憲法(民主主義的国家制度)を、またそれとともに(そしてそれによって)、直接にまたは間接に、プロレタリアートの政治的支配を、うちたてるであろう。イギリスのようにプロレタリアートがすでに人民(国民)の多数をしめているところでは直接に、フランスやドイツのように人民(国民)の多数がプロレタリアだけでなく小農民や小市民からなっているところでは間接に。この小農民や小市民は、いまようやくプロレタリアートのがわに移行しはじめているのであって、かれらの政治的利益のすべてにおいてプロレタリアートに依存することがますます多くなり、したがって、遠からずプロレタリアートの要求に順応しなければならなくなるであろう。そのためには、おそらく第二の闘いが必要になるであろう。だがこの闘いはプロレタリアートの勝利をもっておわるほかはない。」なお、ここで「なによりもまず」としてあげていること、「民主主義(デモクラシー)」と「プロレタリアートの政治的支配」ということについて、『共産党宣言』ではこうなっている。「プロレタリアートは、まずはじめに政治支配を獲得して、国民的階級にまでみずからをたかめ、自分自身を国民として確立しなければならないのであるから、そのかぎりでプロレタリアート自身、ブルジョアジーの意味においてでは決してないが、なお国民的である。」「以上にすでに見たように、労働者革命の第一歩は、プロレタリアートを支配階級にたかめること、デモクラシー(民主主義)を闘いとることである。」――すでにはっきりと書き記されているように、プロレタリアートは自らを支配階級にたかめる、政治的支配を獲得することにおいて国民となるのであって、階級への形成を解消して国民となることによって政治的支配を手に入れるのではない。ここで「国民的階級にまで」たかめるとは、政治的支配を獲得して、「国民の指導的階級にまで」(一八八八年英語版)たかめることである。また、それに続く『原則』の個所でプロレタリアートが「民主主義(デモクラシー)を利用する」としているところは、『宣言』では、「その政治的支配を利用する」となっている。この「民主主義(デモクラシー)」は「プロレタリアートの政治的支配」であり、マルクスが『ヘーゲル国法論批判』でつかみだした「民主制」をひきつぐものであり、かつ、パリ・コミューンの中に見出したものである。だから、さきのプロレタリアートの「間接」にうちたてられた政治的支配は、政治的国家と官僚制を止揚しないどころか、なおいっそうそれを推し進める小農民的小市民的な民主主義と利害に制約されており、この利害に一致する限りでプロレタリアートが代表されているにすぎない。したがってその「国有」も、「間接」にのみプロレタリアートのものであり、『宣言』の、「プロレタリアートはその政治的支配を利用して」、「あらゆる生産用具を国家の手に、すなわち支配階級として組織されたプロレタリアートの手に集中し」ということも、この「すなわち」ということが「間接」になっている。トロツキーの「堕落せる労働者国家」論は、「官僚」の社会的基礎の問題が蒸発しているのだ。
*** ナジの声として伝えられるもの

 後進国プロレタリア革命は、世界市場を通じて結合された世界的生産力の規定性たる世界的なといっても諸国家として公的に統括されているところのブルジョア的社会諸関係という神経に触れて、国際ブルジョアジーの反革命のための団結を生み出す。プロレタリア革命がプロレタリア革命であるほど必然的に「密集した敵を生み出す」のであって、それに泣き言をいうのはまったく革命的でない。プロレタリア階級闘争は、わざわざ、敵を集中して見せ、集中して打倒することができるようにこうした論理構造を備えているのだ。プロレタリア革命は国際ブルジョアジーの分裂を待望するのではなく、ブルジョアジーの反革命的団結に対してもう一度分裂するように画策するのはすべて犯罪である*。あるのは結合した「一つの敵」として打倒するのみ。

* 「ブルジョアジーのあいだの分裂を利用して」、プロレタリアートが個々の利益を認めさすことは、国際的階級闘争においても当然のことである。

 後進国革命の先進国革命への波及力は直接的な反先進国ブルジョアジーでもなく、帝国主義からその植民地という足を奪うことで満足する周辺革命論でもなく、プロレタリアの単なる政治革命でもなく、ブルジョア的社会関係を徹底的に攻撃するかどうかによる(トロツキーのような「貧困の平等」になるかならぬかというような泣き言の議論をこの場合許すべきではない。閉鎖的迷信的な「地方的共産主義」での「貧困の平等」と、プロレタリアートが「ブルジョア的生活諸関係を実践的に問題とする」こととは、別のことである。)後進国革命は、一段階革命としてのプロレタリア政治革命=社会革命に徹底的に接近せしめる戦術をとらねばならぬ。また、「社会主義」諸国の国内政策は、世界革命の戦術の前述した不可分な構成部分としてブルジョア的社会関係を徹底して実践的に問題にする政治革命=社会革命の前進でなければならない。この社会革命は国民的地盤をのりこえて世界的地盤を獲得すればするほど大きく前進する。「同時に社会運動でもないような政治運動は断じて存在しない」(マルクス『哲学の貧困』)。

★〔3〕国際反革命連合戦線と国際革命戦線の相互作用↓先進国同時革命
(4) 〔現代の時代規定〕
第三図の第一の円環は、世界の経済過程、世界の経済闘争の過程であり、第二の円環は世界の政治過程、世界の政治闘争の過程である。現代は、世界革命の前期、すなわちロシア革命から始った後進国革命が、あれこれの誤った幻想、旧い幻想に敗北しながらも、必然的に先進国革命へ波及する衝動に駆られている時期、後進国革命が、最後の力をふりしぼって先進資本主義諸国の同時革命へと波及し、すなわちできるだけはやくその世界革命前期を終らせ、本来の世界革命の時代――先進諸国革命を「組織的端緒」として、今までの一切の旧い革命の限界、幻想、歪曲を白昼の下にさらけだすことによってそれを乗り越え、「一つの世界革命」として組織だてられてゆく時代へと突進しようとしている時期、世界革命の前期から後期への過渡の時期(構改の「世界の構造変化」のフザケブリを想起せよ!)であるから、第三図は現代世界の基本的な過程的構造を示す。「フランス社会内部の階級闘争は、諸国民のあい対立する世界戦争に転化する。問題解決は、世界戦争によってプロレタリアートが、世界市場を支配している国民の、すなわちイギリス国民の先頭に立つ瞬間に、はじめて緒につく。革命はイギリスで結末をみるのではなく、その組織的な端緒がみられるのだ。それは息の短かい革命ではない。こんにちの世代は、モーゼが砂漠をこえて導いたユダヤ人に似ている。それは、新世界を征服しなければならないばかりでなく、新しい世界にふさわしい人間にその席をゆずるため、消えていかねばならない」(『フランスにおける階級闘争』)。
 永続革命の第一段階(第一図)は永続革命の第二段階の前期(第三図)を生みだし、こんどは原因が結果となり結果が原因となって、第二段階前期(世界革命前期)の世界の構造に第一段階の形態が依存するようになっている。従って世界革命戦略は、単に一国の革命戦略の総和ではあり得ず全体が部分の総和にすぎないものではなく、各国革命は、全体、すなわち世界革命戦略に、否定的に包摂された構成部分となる。たとえば中共は、「民族解放闘争」が現代の世界革命の重要な構成部分だというが、この「民族闘争」自体が、全体としての世界の階級闘争の成立のなかで型を変えているからこそ、世界革命の構成部分でありうるのである。ブルジョア革命もまた然り。われわれは第一段階をみる場合も、すでにこの第二段階が成立している現代のなかで問題にしている。世界革命を一国革命の寄せ集めにしてしまう戦略観は、コミンテルンの、特に第六回大会以後ますます顕著になって来ている。
(5) 〔同時革命と世界戦争〕
さて、世界経済の危機は、特に後進国の革命として爆発する。その二〇世紀における巨大な出発点はロシア革命であり、その後現在にいたるまで、この爆発をくり返し、拡大して来ている。この革命の先進資本主義諸国への、すなわち、すでにみた「革命の根源」への反作用的な衝撃力、波及力の程度は、ひとえに、その革命が「どの程度実践的にブルジョア的生活諸関係そのものを問題にしているか、どの程度までその政治構成にしか触れていないのか」にかかわる。すなわちそのプロレタリア的社会革命の強力な展開、展開力、推進力の発揮にかかわる。だから、権力を獲得したプロレタリアートの「模範と激励の役割」(中共一九六三年六月一四日付書簡)はソ共、中共が共に前提にしている「経済競争」「平和競争」(「平和共存」のなかで、生産力の増大をもって、「体制の優位」を示す――中共はそれが「革命的闘争にとって代ることはできない」といって、共同の敵・アメリカ帝国主義反対の闘争を支持せよと言っているだけである)でもなく、自国ブルジョアジーの打倒でもなく*、民族ブルジョアジーが権力をとるまえも、とったあとも、彼らが反米帝であるかぎり、あと押しをしたり(中共)、「社会主義」諸国と善隣である限り、「中立」である限り、支持したり(ソ共)――連続的であるか、間のびしているかにかかわらず二段階戦略である。「連続的二段階戦略」とプロレタリア永続革命との区別に注意――でなく(一九世紀において、世界市場の支配者、イギリスに対して反英であるかぎり、フランス・ブルジョアジーを支持するとしたら、全く革命的反英となりえない、漫画になるのは自明)、ただちに自国で可能なかぎりのブルジョア的社会関係への実践的攻撃を開始する**ことによって、全世界ブルジョアジーとりわけ最先進国ブルジョアジーの憤激を生みだし、彼らブルジョアジーの階級的自己意識をはげしく高揚させ、怒りに狂った反革命の国際的連合戦線としてブルジョア諸国が連合してたち向うという仕儀にさせることをいう。戦術的一進一退はいうまでもない。先進国ブルジョアジーの怒りと反革命的密集の努力の程度が、それを惹起する後進国革命のプロレタリア的焔熱をはかる「寒暖計」なのであって、彼らを怒りと密集に駆りたてることの少ないほど、それだけその革命が彼らにとってとるに足らないものだということである。

* 単に政治構成を変えただけの「打倒」どまりで、ブルジョア社会は何の衝撃もうけないような
** このことは、たとえば「パリ・コミューン」への過程において、国民軍中央委員会が臨時革命政府となって、コミューンの成立による社会革命の着手のまえに、ただちにヴェルサイユに進軍するようなことを、排除するものではない。

 こうしてブルジョアジーの強固な一つの(単一のといっても、国民的地盤から切り離されない各国ブルジョアジーの相互対立が消え去るのではない。)国際的連合として、密集した敵が、生みだされるのに対して、恐れ(ソ共がこれをますます恐怖しているのはむかしからだが、中共もそれを恐れ、「スカルノ万歳」をやっている――「民族戦線」も根本的に同一物)、その同盟から離脱するよう、闘いを緩和して分裂を画策したり(ソ共)、民族主義を煽って「民族的従属」からの「民族独立」をはかっておなじく分裂を画する(中共)などは、話し合い*によってか、闘争によってかは別としても、いずれも同じ分裂画策による自己防衛であるが、問題は、この国際ブルジョアジーの階級的地位の同一性、同一の階級であることがブルジョア諸国の分裂のなかで隠されていたのが、革命のこの爆発力によって、「密集」した一つの敵」として、諸国政府の連合として、目に見えるようになるのであるから、それに対抗しようとするプロレタリアートの国際的結合が、いままでの旧い「国民」的単位の連合や、イデオロギー的結社としての国際的集団から、はじめて現実に実践的で革命的な国際的団結となりえ、こうしてプロレタリアートの一つの国際的に結合した政治闘争が可能になる)し、必然にもなる。現在ではNATOとして欧・米では一体であり**、日・米・台・韓・比の同盟、SEATO(東南アジア条約機構)もすでにこうした性格を持った国際的連合としてあるのだから、現代革命は、この国際的に結合した「一つの敵」に対する闘いとして、これら諸国の同時革命特に日本、アメリカ、ヨーロッパではますます顕著にならざるをえないところの同時革命にならざるをえない。

* 多くは実力による闘争の抑圧
** NATOのタガのゆるみなるものは、一九六八年の「フランスの五月」に際してあの「フランスの栄光」の独立主義者ドゴールとアメリカ合衆国大統領とが相互に手をさしのべあったように、帝国主義諸国の深まりゆく相互対立にもかかわらず、プロレタリアートの焔熱の強さを想い知らされるたびに、密集した国際的敵として再生産されるべきものである。

 国際ブルジョアジーをビックリさせないで、一国革命に固執したら、それは何ら革命とはなりえず、先進国革命は革命とはなりえない。この同時革命はスターリン主義に全く欠けたものであり、それゆえにスターリン主義は、その一国革命論を爆破されないかぎり、「人民戦線」的社民化(ソ共)か、「民族戦線」的思考からヨーロッパ共産党に革命の暴力性を説きながら、それは先進国革命を社会ファッシズム論的泥沼に落とす(中共)か、――先進国革命の暴力性は同時革命としてのみ現実的なのだ――ということになる。先進国一国でその国境どまりで暴力革命(暴力革命でないかぎり革命でない)をやるとすればたちまち、ブルジョア反革命の国際十字軍に粉砕される(であってもでありえない)し、そこでトリアッチは中共の冒険主義を攻撃する、ということになる。特に、原水爆の巨大な発達の現在、同時革命だけが問題を解決することに繰り返し繰り返し注目せよ!
 反革命の国際十字軍の前に一国革命を固執すれば、平和共存と平和移行が唯一の現実策に見え、そしてこれはもはや革命をやらないで、逆にプロレタリア革命闘争に「人民戦線」とソ共とが最も恐怖することになり、それにもかかわらず搾取されるプロレタリアートの闘いに駆られて「国際的緊張」が強まるあげくの果ては、「防衛の」原水爆が、お見舞するし、中共は、「歴史の運命は人間が決める」といって「革命的楽観主義」を説き、闘争激化は、これまた一国革命に固執するかぎり核戦争は阻止しえず、「廃墟の中に」云々ということに現実に陥ってしまう。ソ共、中共などの「核競争」は、この同時革命の針路の放棄がどのような道をたどらざるをえないのかを、示すものである。核戦争に対する現実的な方策を提起せずして、現代革命を語る資格はない。そして同時革命ほどリアルな解答はないのだ!
 トロツキーの先進国革命論も、同時革命論ではなく各国ブルジョア権力の連続打倒論である。「ヨーロッパ・ソヴィエト連邦のスローガンはプロレタリア革命の力学に合致している」といいながら「この革命は、すべての国々で同時的には勃発するものではなく、国から国へ移ってゆくもの」などといい「われわれは他を待つことなく、われわれがイニシアティブをとれば、これが他国における闘争の刺激になることを十分に確信して、民族的土台の上に闘争を始め、継続して行かなければならない」という。
 大体どんな革命も「他を待つ」ことをしないし、どんな本格的革命派もそんな指導をやらない。それにまた、どんな本格的革命的蜂起も、国内の局部的状況だけから出発すれば全く一揆に終るし、またロシア・プロレタリアートもヨーロッパの革命的情勢を予想し期待することなしに権力獲得へ突進できなかった(同時革命のスローガンが現在抽象的に聞こえるとボヤく俗論は問題とするに当らない。その「現実感覚」こそ問題であるばかりか、現実がこのスローガンを受け入れるよう余儀なくされてゆくからこそ戦略であり得る。コミューンの革命的現実性が疑いえないように同時革命の革命的現実性も疑いない)。すべていらぬ心配であり、いずれかの先進資本主義国の新たな革命は、同時革命として、「民族的土台の上に」などでなく、ただちに民族的土台をなげすて(こういったからといって、日本、アメリカ、ヨーロッパの革命的プロレタリアートに相互に舟をこいで海を渡れとだけいっているなどという卑小化は笑うべき愚論である)、全帝国主義世界の革命的蜂起とならざるを得ず、そう導かなければ敗北は必至と見よ! (「帝国主義の不均等発展の法則」――帝国主義段階における資本主義の不均等発展の法則――から、帝国主義諸国の分裂を絶対化するスターリン主義のやり方にまどわされてはならない。――こういったからといって「超帝国主義」論にならないことは自明であるから――プロレタリア革命の巨大な衝撃的爆発は、さしも激しく分裂し抗争するブルジョアジーをも肩を寄せ合わさせることを忘れるな!――そんな非難を一々心配する必要はない。また「国民」にとらわれてしまっている社民が「同時革命」を受け入れられないのは理の当然というもの)。
 「ついにヨーロッパは神聖同盟の勝利によって、フランスでプロレタリアが新たな叛乱をおこすたびごとに、それは直ちに世界戦争をともなうような形をとった。新たなフランス革命はすぐさま国民的土台をすてて、ヨーロッパ的な地盤を征服することを余儀なくされている。この地盤の上でのみ、一九世紀の社会革命は遂行されうるのだ!」という『フランスにおける階級闘争』のマルクスから、原則をつかみ取らねばならぬ。

* 十月革命直後の「干渉戦争」はその最初の集中的表現にほかならない

「帝国主義戦争を内乱へ」のスローガンは、開始された戦争に対するスローガンに止まらず、現代では古臭くなった規定でますます特殊な痕跡であるべきものではなく、この現代戦争についてのレーニン=ローザ・ルクセンブルク規定をますます拡大し*、ロシア革命以後、現在・未来にわたって、世界革命前期の戦争の性格と反戦闘争の必然的な歴史過程として把えなければならない。戦争の性格に現代世界の問題が集中的に表現されざるをえないのはきわめて当然であり、この問題へのリアルな接近を離れて現代革命を問題にすることはできない。

* この「拡大」は、一国的国民的内乱の限界を、まさに「階級闘争が内乱にまで爆発」したものとして突破され拡大するのであって、沖縄返還に「沖縄奪還」を対置するような性格の「アジア侵略を内乱へ」ということをもって、またもやぶり返して、抑圧民族たる己れを拒否することを己れに民族平等主義的な国民的制服に身を閉じ込めさせることとするごとき、あるいは「帝」と「スタ」の相互瞞着しか見ず、したがって何が国際的な密集した敵を生み出したか、それゆえに何に連帯するべきかを知らず、こうして「連帯」の虚構、全く「言葉が内容をうわまわる」小ブルジョア的空虚の「連帯」をもって帝国主義国それ自身の地における「階級闘争」とするがごとき、小ブルジョア的国民的な「内乱」および「階級闘争」を追い求めることや、またその裏面の「世界浪人」になることでは全くない。

 そして、世界的規模で反革命戦線と革命戦線との対抗が必然的に形成されつつあるこの時代には、「民族独立戦争」の運命もプロレタリア革命の運命に従わせられ(プロレタリア革命の作用と法則性に媒介されて従来の発展様式を一変し)、後進国革命、植民地革命では、一つの独立した革命(プロレタリアートの社会革命から、したがって他の各国革命から、分離され外見的独立性をもった、政治革命――「政治的解放」――)としてのブルジョア民主主義革命はますます消えて、プロレタリア政治革命=社会革命となり(改良主義者は、現代では後進国は社会主義に向わざるを得なくなったとして、ネルー、スカルノ、ナセルが「社会主義」に行く、という驚くべきことをいっている。プロレタリア革命なくして何の社会主義か!)、「民主主義」ではなく、社会主義を、「民族独立」ではなく、民族の「止揚」を直接課題とするプロレタリア一段階革命に接近(プロレタリア永続革命の法則性が歴史的条件の異なることによって段階的解放の不可能性としてあらわれ、変った発展の様式としての「一段階革命」という現実形態をとるものとして「接近」)する。こうして世界革命=同時革命の内容上の出発点となる。
「ついに六月の敗北――一八四八年六月のパリ・プロレタリアートの蜂起の敗北――は、ヨーロッパの専制主義的列強に対して、フランスは、国内で市民戦争――この場合階級的抑圧の戦争――を遂行するためには、どのような条件のもとでも、対外的に平和を維持しなければならない、という秘密をもらした。そこで、国民的独立のための闘いをはじめていた諸民族は、ロシア、オーストリア、プロイセンの優勢に身をまかせたが、しかし同時に、これら国民的革命の運命はプロレタリア革命の運命にしたがわせられ、その外見上の独立性、つまり大きな社会変革からの独立性を奪われた。ハンガリー人も、ポーランド人も、イタリア人も労働者が奴隷であるかぎり、いつまでも解放されえないのだ!」(『フランスにおける階級闘争』)。
 一八四八年革命によって――二月革命によってではなく六月蜂起(「二つの階級の間の最初の大戦闘」マルクス)によって――つくりだされたヨーロッパの政治的構図は、現代世界の階級闘争の基本的構造を予言的に指し示した。ちょうど一八七一年のパリ・コミューンがプロレタリア革命の基本的構図を予言的に指し示したと同じように。

(7) 〔「社会主義」諸国の内と外――その一〕
 中共は現代を「帝国主義とプロレタリア革命の時代」だといい、ソ共は「二つの世界体制」の「平和共存」「平和競争」「経済競争」の時代(生産力を引き上げる競争?――本当に革命的な「激励と模範」は、単に生産力ではなくブルジョア的生産関係への攻撃の問題である。資本主義世界との自由競争?――それは世界市場への公然たる屈服であり、世界のブルジョア的社会関係とのあからさまな調和である。後進資本主義諸国への経済援助?――それは世界の革命ではなくせいぜい改良であり、ほとんど常に「民族ブルジョアジー」の強化であり、「社会主義」諸国を改良主義的に防衛する「平和地域」政策である)だという。この二つの見解は、本質的に相容れないのか?  そうではない。革命はそれぞれの国の国内問題だとされるのだから。こうしてプロレタリアートの闘争は単に形式的のみならず内容的に一国的になり遂には永遠に国境の枠内にとどまって、「国際主義と愛国主義の結合」(一九五七年の『宣言』)が「社会主義諸国」の関係だとして、遂に国境紛争でもしでかして「自主独立」を発揮して疑わない。現代の規定はすでに述べた。中共は、「現代世界の基本矛盾」として、「社会主義陣営と帝国主義陣営の矛盾、資本主義国内部のプロレタリアートとブルジョアジーの矛盾、被抑圧民族と帝国主義との矛盾、帝国主義国相互間、独占資本グループ相互間の矛盾」の四つをあげ、ソ共は現代の三つの偉大な革命勢力として、「社会主義と共産主義を建設しつつある諸国人民、国際的な革命的労働運動、民族解放運動」をあげる。まず、ともに欠けているのは「社会主義諸国内部の矛盾」である。現在の中ソ論争は単に中ソの内部問題にとどまらず、世界的に作用をもつ。一般にプロレタリア国家の国内政策は、ブルジョア的生活諸関係との闘争であるかぎり、外界と無関係でありえないのだ。外界と根本的に無関係なところに国内問題をおく点に一国革命論の根本的誤謬がある。毛沢東矛盾論の欠陥がこのあげかたによくでている。中共のあげる四つの矛盾はバラバラで相互に独立性をもちその関係を問題にするにすぎず、その独立性そのものが解体し否定されるという本質的関係を見ない。
「被抑圧民族とプロレタリアートの団結」が何を意味するかはすでに見た。「万国のプロレタリア、被抑圧民族は団結せよ」という『共産党宣言』、『第一インターナショナル創立宣言』の結語で示されている「万国のプロレタリア団結せよ」の呼びかけの言いかえは、帝国主義段階の段階的特殊性を端的に示しているように見えるが、それは原則をねじまげていることの集中的表現である。被抑圧民族がそれとして独立性を貫き(どこまでも自立的な実体とされ)、それとプロレタリアが「団結」するということは、この「民族的団結」のうちにプロレタリアートの階級としての団結、階級的国際的団結を解消することによってのみ可能である。これに反して、「万国のプロレタリア団結せよ」の強靱な全世界的貫徹は、被抑圧民族の「民族的団結」を、世界的地盤に立つプロレタリアートの内容上では決してなく形式上なお「国民的」な団結として、つくり変えなければならない。すでに、「文明諸国」がイギリス、アメリカ、フランス、ドイツにかぎられていた一九世紀において、大工業が、ブルジョアジーとプロレタリアートを「社会の決定的な二つの階級」たらしめ、この二つの階級間の闘争を、歴史の「主要な闘争」たらしめたが(「ポーランドの解放」、「アイルランドの独立」もこの「主要な闘争」の光にあててつかみだされた)、帝国主義段階は、この「社会の決定的な二つの階級」のあいだの闘争が、まさに「すべての色に作用してこれに特殊の変化をつくりだす普遍的な光」(『経済学批判序説』第三章)として、世界の「主要な闘争」となっているのだということ、これが、「すべてその中に現れる存在の特殊な重さを定める」のだということ、このことにおいてつかまなければならない! (今日までの民族解放闘争の理論はマルクスのアイルランド独立についての見解を中心的なよりどころとしている。われわれにとって必要なのは、その原理を全体としての世界史の中でとりあげることである。確かに、「他民族を抑圧する民族は自らを解放しえない」ということは現在でもその正しさは変らない。しかしこの民族そのものが徹底的に分裂して(帝国主義諸国による世界市場への組み込みとそれを強烈な動因とする徹底的な階級分裂)一つの独立した単位とならない(世界の「主要な闘争」たるブルジョアジーとプロレタリアートのあいだの闘争のこの内部における強力な貫徹、それによっての世界的地盤に立つプロレタリアートによる全く国際的性質の国民の統一の現実性とたんなる国民的地盤に立つ近代的国民的統一の不可能性)場合は「民族独立」は一つの虚構となる。マルクスにおいて、「プロレタリア革命の運命にしたがわせられた」ものとしての「国民的独立」=「国民的革命」は、もはや近代的国民的国家の樹立としての「民族独立」ではなく、それを止揚するものとしてある。アイルランド独立についてしっかりと注意されるべきは、イングランドの支配階級の打倒、とりわけその土地貴族――アイルランドに根をもつ――の打倒を課題とし、かつ、さらに大切なことだが、これをアイルランド人労働者とイングランドの労働者との団結において(ヨーロッパ、アメリカのプロレタリアートのインターナショナルな力を開拓しつつ)、実現せんとするものとしてつかまれている。それは、もはや、ブルジョア社会の分裂をそのままにして近代的国家を「国民的統一」の具現とするような国民的独立ではなく近代的国家権力の打倒として打ちたてられたかのパリ・コミューンが証示した、「真実に国民的な」、それゆえに「全く国際的性質の」、労働者階級の政府、世界的地盤に立つプロレタリアートを支配階級にたかめ、それによって実現されるプロレタリアートを指導的階級とした「国民の統一」へと導かれるものである。それは隷属したままでおれという第二インター的犯罪を許すのではなく、支配民族のプロレタリア革命の「一環」または「突破口」としてのプロレタリア革命である。)資本主義国内の階級闘争と「社会主義諸国」の団結は何を意味するか?
 ソ共は「社会主義」は「完成」し「最後的に勝利」*し「共産主義の全面的建設期」に入り、もはや無階級社会だとして、「全人民の国家」、「全人民の党」になったと夢想し、外界がブルジョア的であれ平和でありさえすればと考えて、ヨーロッパ諸党の「人民戦線」の「平和移行」路線をトリアッチとともに喜びあい、平和でありさえすればと思ってネルーのインドを支援し、まったく間のびした後進国二段階戦略を期待しつつ「民族解放運動」と結び、民族ブルジョアジーの下で政治的に独立してもこんどは「経済的独立」だとして、経済援助でひきつけようとし、間のびしたばかりでなくいつやって来るか気の遠くなる間、労資協調というわけである。
* スターリンは『レーニン主義の基礎』、『レーニン主義の諸問題』を通じて、レーニンを忠実に追うというかたちで、「社会主義の勝利」を、プロレタリアートが一国において、それ自身の努力で、権力を獲得できることとし、次に、この「勝利」を一国において、それ自身の努力で社会主義社会に到達することができることとして引き延ばし、そして、しかし「最後の勝利」は、一国社会主義建設は全く可能であるが、帝国主義によって軍事的政治的にまきかえされるからとして、その帝国主義打倒なしには「最後の勝利」はなく、そういうものとして「世界革命」が必要だとした。そしていまでは、ソ共は、ソ連の軍事力の強化をはじめとし、世界の構造変化によって「帝国主義戦争は不可避ではなくなった」とすることから、帝国主義の打倒なしに「最後的に勝利」し云々と豪語するにいたったようである。中共は、これに対して、「帝国主義戦争は不可避である」ことをもち出すことによって、スターリンの軍事的政治的号砲へのもう一つの続きかたを見せているにすぎない。このような単なる軍事的政治的まきかえしに対するためにすぎない帝国主義打倒なる「世界革命」は、一国社会主義建設の防衛のための際限のない軍事力強化に追いまくられながら、けたたましく大音をたてたり、全く鳴りをひそめたり、することのできるものである。『中国の「文化大革命」の評価に関連するスターリン主義の理解について』(一九六八年一月)参照。
 中共は「いろいろな平和がある」ということで、この平和共存路線のなかで、帝国主義的要素が台湾、香港、インドから入り、ブルジョア的諸関係とまったく妥協したチトーの道が強大に侵蝕することを恐れ(人民公社はそれによって確実に廃棄に向かわされる)、いわゆる体制間の矛盾だけが「矛盾」ではないから平和共存を総路線とすることは誤りだとして、「結集できるすべての力を結集し、敵の内部の矛盾を利用し、アメリカ帝国主義とその手先に反対する最も広範な統一戦線」という総路線を提起する。これは見られるとおり、「世界を革命的につくり変える」路線ではなく、反米帝であるかぎりブルジョアジー「万歳」を叫ぶ世界革命についての戦闘的改良主義でしかない(「いろいろな平和」があるが、ブルジョア的平和そのものを革命的に止揚するのではない)。
なぜこのようなことになるかといえば、その一国革命論が誤謬のもとだからだ。すなわち、こうである。平和共存は体制間矛盾についてだけ正しいが「矛盾」はそれだけではないとする。だが、「資本主義世界と並んでプロレタリア革命を一国の枠内で完遂することはできない」――したがってプロレタリアート独裁の根本課題は「世界を革命的につくり変える」ことである、というマルクス主義の大前提を放棄しており(これがマルクス主義の生命である――なぜなら共産主義は世界市場の廃棄であるから――からして、そもそもはじめからマルクス主義内部の論争ではない!*)、中共が繰り返し「労働者階級にとって権力の獲得は革命のはじまりに過ぎず、革命の完成ではない」といい、「社会主義革命をやりぬけ」というかぎり、革命的であるが、その実、一国の枠内でプロレタリア革命が完遂できるという夢想を捨てないかぎり、「世界を革命的につくり変える」必然的な要求をもたない。だから、国内でブルジョア的要素との闘争を進めているにしても、その流入が緩和されるべく反米帝であり、そこにおいて戦闘的ではあっても世界革命については同じ改良主義であり、ソ共が革命闘争への支援を「一種の負担」「一種の恩恵」と考えていることを中共は非難して、「社会主義国は被抑圧人民と被抑圧民族の革命闘争に対し、心から共鳴し積極的に支援する態度だけをとるべきである」という道学者的言辞をするが、その「道徳」のうしろには中共の「民族」的利害が隠れていることに自分でも気づかないかのようである。世界の革命的改造の必要感をもたない「プロレタリア権力」は、革命運動への支援を負担、恩恵とするか、道具にするか、とにかく一国革命を危うくしない道具にし、その範囲で恩恵を垂れ、その限界を越えるや、怒りと恐怖におののいて抑圧することにもなる。それぞれ絶対不変の単位として「自主独立」の一国的運動を三つに部分けして、「団結」する、というシロモノはかくの如くである! (こうして、かかるものの「原則」が「国際主義と愛国主義の結合」だとされる。そして、これはもはや「原則」の名にあたいしない。各国の運動がそれによって運動しなければならない「世界史」的原則(歴史的法則性)ではないのだから)。
* ソ連、中国の生産関係は帝国主義を中心とする世界市場の法則によって制約されている。この世界市場からソ連、中国などが飛び出して「二つの世界体制」が並存し、ただ軍事的政治的に対抗しているのではない。だから帝国主義を中心とする世界市場の圧力が存在するかぎり、それら諸国の内部にブルジョア的生活諸関係が不断に再生産されざるをえない。それにもかかわらず、一方に際限のない軍事力の増強、他方にアンタイオスのように蘇るブルジョア的生産関係との妥協と闘争!――『何をなすべきか――帝国主義ブルジョア政府打倒・労働者政府樹立の道確立のために』(一九七〇年八月・著作集第2巻所収)参照、および『激動する世界情勢と先進国プロレタリアートの任務』(一九七〇年五月・著作集第2巻所収)の世界市場と「社会主義」諸国の内部との関連の分析の個所を参照。

 『フランスにおける階級闘争』第一章に端的に書きしるされている一国革命論の不可能性(それはとりもなおさず「平和共存」論の非現実性として示される)についての次の個所は、いまでは綱領的原則において、ましてその戦術的部分において、全く無視されている。
 「労働者たちは、ブルジョアジーと並んで自己を解放しうると思ったように、他のブルジョア諸国民と並んで、フランスの国境の中でプロレタリア革命を完遂できるものと思っていた。しかしフランスの生産関係はフランスの対外貿易によって、世界市場におけるフランスの地位および世界市場の法則によって制約されている。世界市場の専制君主たるイギリスに反響を及ぼすヨーロッパ的な革命戦争なしに、フランスはどのようにしてその生産関係を打ちやぶればいいのであろうか?」
 「プロレタリア革命はブルジョア世界と並んで一国の枠内で完遂できない」=「世界を革命的につくり変える」というための革命的な国際的団結は、権力を獲得したプロレタリアート、先進国プロレタリアート、後進国プロレタリアートの国境を越えた団結(そういう団結を基盤にした革命であるからこそ世界革命でありえ、形式的にのみ「さしあたり一国的」でありうるにもかかわらず、かかる第一義的基盤を捨てて内容的にも一国化すれば、その国民内部の統一戦線*が各国で独立性をもち**第二インターの「国民的綱領」となる)が進めば進むほど、国際ブルジョアジー、その諸分派と諸国家は、分裂するのではなくて逆に、プロレタリア革命に対する反革命という共通の目的のために団結する!  現代世界の「基本矛盾」とはかかるものである。分裂を利用して、プロレタリアートは時々改良的な勝利をする。それが一時的なのは、彼ら「ブルジョアジー」が反革命的に団結せざるを得ないように、プロレタリアートがこの改良的獲得物を革命的団結と闘争のために利用するから、である。だから、敵を密集した一つの国際的塊りとして撃破する展望を欠いた世界革命戦略は、世界についての革命的戦略では決してなくて世界についての改良主義的戦略である。

* 不可避的に小ブルジョア的統一戦線であってもちろんプロレタリア統一戦線ではない
** このようなものとして「自主独立」
(8) 〔「社会主義」諸国の内と外――その二〕
 中共も、ソ共さえも、「世界革命」という言葉をつかう。しかし世界革命とは世界市場の廃棄である。だから「資本主義世界と共存して、一国の枠内でプロレタリア革命は完遂できない」ということであるから、一国革命論を根源的に否定することだ。中共は「社会主義革命を最後までやりぬくかどうか」と、ソ連に迫る。しかしプロレタリア革命を完遂するということは、世界市場を通じて一つの全体として結合されている「世界的生産力」を、このプロレタリアの本質力でありながらプロレタリアから引き離されて自立化しプロレタリアに敵対している世界的生産力を、所有からまったく切り離された「世界史的個人」としてのプロレタリア大衆が(このプロレタリア革命の「二大実践的前提条件」の世界的性格が、プロレタリアの革命と団結の世界的内容をなす)「世界的団結」を生産し再生産しつつ奪還してゆく「世界的革命」の永続過程を最後までやりぬくことによって、世界的にのみ共産主義を実現させうるのである。これがマルクス主義の生命である!  だから『ドイッチェ・イデオロギー』はいう。「共産主義とその活動は『世界史的』存在としてしか存在しえない。」「共産主義が現実に招来されるのは、それが支配民族の行為として『一挙に』ないしは同時に実現される場合に限られる。」だから、根本的にいって、一国革命論=世界革命の否定=平和共存論であり、一国革命論の否定=世界革命論=平和共存論の否定である。
 中共は、「共産主義の全面的建設期」にあるとするソ共の「全人民の国家」「全人民の党」の欺瞞を攻撃して、「すべての社会主義国には何の例外もなく、全人民的所有制と集団所有制の差異が存在しており、個人所有制も存在している」「すべての社会主義国には例外なく労働者と農民の階級的差異が存在している」のであり、「こうした差異は共産主義の高い段階に入ってはじめてなくなるものである」からとして、「階級のない社会などということはできず、プロレタリアート独裁はもう必要でなくなったなどということはできない」といい、マルクスの『ゴータ綱領批判』をあげる。すなわち、「資本主義社会と共産主義社会との間には前者から後者への革命的転化の時期がふくまれ、この時期に照応してまた政治的過渡期があり、この過渡期の国家はプロレタリアートの革命的独裁でしかありえない」と。『ゴータ綱領批判』をよく読めばだれにも明らかなことだが、共産主義社会は共産主義の第一段階(いわゆる社会主義)と共産主義の高い段階(いわゆる共産主義)の二つにわけられ、社会主義社会すなわち「共産主義の第一段階」ですでに国家(「プロレタリアートの革命的独裁」)がなくなっているのである。共産主義は世界的にしか実現しない、というマルクス主義の根本命題を否定した「一国社会主義論」の嘘をつくろうペテンの苦労!
 ソ共は、「社会主義」を「完成」して「共産主義の全面的建設期」に入ったとするのであるから、無階級社会だとしなければならず、だからといってこのソ連という「国家」が厳然としてあることは隠すこともできない。そこで「全人民の国家」という自己矛盾(外に帝国主義があるから社会が階級のない社会主義社会になっているにもかかわらず国家が必要だなどといえたものではない。国家は共同体の外との関係を基礎として存在するものではないから。ただし、「資本主義体制の国際的性格の発達」(『資本論』第二四章第七節)としての、世界市場の中心をなす帝国主義を打倒することなくして、すなわち国際的性格をもつ資本主義体制の廃絶とともにしか、国家は死滅しない。そしてこの死滅は、「生産階級の社会的隷属とその政治的支配は両立できない」(『フランスの内乱』)ものとしての、プロレタリアートの社会的隷属=資本主義社会を実践的必然として廃絶するプロレタリアートの政治的支配としての、「プロレタリアートの革命的独裁」である「政治的過渡期」(社会の「革命的転化」の時期に照応する)の国家(「コミューン制」)の行動において、すでに始っているのでなければならない。)。中共はどうか?  プロレタリアート独裁を「共産主義の第一段階」まで押し広げて、「階級闘争が継続する(「継続革命」ないし「不断革命」)」のだとし、それがなくなるのは共産主義の高い段階だという(階級のある社会から直接に「能力に応じて働き、必要に応じてうけとる」社会へゆく!)。一国社会主義を守ることの何と骨の折れることか!
 一国社会主義!  一国の国境に万里の長城を築き、世界市場を通じて不可分の一体をなす世界的生産力と世界的交通をまったく遮断して、「閉鎖的、迷信的な『状態』」(『ドイッチェ・イデオロギー』)を脱しない「地方的共産主義」(世界市場における世界交通を拡大すればこの「地方的共産主義の廃止」を意味し、世界市場の廃止をもちろん意味しない!)は、万一、一時的に存在しえたにしても世界市場の廃棄としての、世界的生産力の世界プロレタリアートの団結による獲得としての共産主義の第一段階である社会主義の実現を少しも意味しない。
 「一国社会主義」、たとえそれが複数となり「社会主義世界体制」といわれようとも、「二つの世界体制」というところに、それが帝国主義を中心する世界市場網への組み込みから決して「離脱」――スターリンは「離脱」とした!――などしていないことを見るのは、今日ではそんなに困難なことではない。それは、このような「地方的共産主義」に行きつかんとするか、それとも世界市場の法則に全く屈服するか、この対極の間に種々の中間形態を見出そうとして動揺している**。
 「全プロレタリアが権力につくのではなく意識的前衛のみが権力につく」とする「プロレタリア独裁」による位階制的任命制の「企業長単独責任制」という「レーニン的原則」とプロレタリアの衝突を、一方では「自由化」として(ユーゴを典型とする)、他方では「参加」(中国を典型とする)としてかわさんとされている。
 現実にはけっして社会主義社会を招来することのない「一国社会主義」の幻影を抱いて固い「自主独立」の民族的国境の枠内にとじこもり、「社会主義諸国」の関係が平等であるか不平等であるか、「自力更生」(中共)という自給自足(とはいえ対外貿易を排除できない)か「国際的分業」(ソ共)という交換(他にどんな「平等」が、相互に独立した「国家」間の「分業」――交換によって媒介された分業――のあいだにありうるか?  こうしたブルジョア的平等と異なってプロレタリアの道はただ一切の分業の廃絶に向かって前進するのみ)かと争うことは「社会主義諸国」がその「プロレタリア愛国主義」を捨てて(プロレタリア国家は防衛されなければならない。しかし、「社会主義諸国」の関係としての「国際主義と愛国主義を結びつける精神」による団結が、それぞれの「社会主義国の民族的独立と主権の確実な保障」だという『モスクワ宣言』は、ブルジョア民族主義と区別せよと百回叫んでもブルジョア民族主義である。プロレタリア国際主義は民族的国境の枠でうち固められた不変の民族的実体の関係なのではない。形式ばかりでなく内容までプロレタリアートを一国的に閉鎖してしまった!  このような国際的「団結」によって「民族的独立と主権」が「保障」されるということは、さし迫った一つの共通の敵が明らかに見える限りでは現実的に思われても、この敵が遠のいて見えたり、分裂して見えたりするや、たちまちこの陣営――「社会主義陣営」――は相互対立を露呈しなければならぬものである。「言葉のブルジョア的意味ではけっしてないがなお国民的」という『共産党宣言』をまったくつくり変えた『モスクワ宣言』の何と「言葉のブルジョア的意味で」「国民的」なことか!)相互に国境を押し開いて「一つの」プロレタリア独裁*となり「世界を革命的につくり変える」道によって取って代わらなければならない!
* 国民的統一を含みかつこれを否定しつつあるものとしてであるが、形式的にも一つとして組織だてられた世界的プロレタリア独裁となるためには、帝国主義的先進諸国の革命を組織的端緒としてはじめて現実化されるものとしなければならない。
** 『激動する世界情勢と先進国プロレタリアートの任務』(一九七〇年五月・本著作集第2巻所収)、及び『パリ・コミューンと七〇年代』(一九七一年八月・本著作集第2巻所収)を参照。

(9) 〔「社会主義」諸国の内と外――その三〕
 プロレタリア独裁の根本課題、根本政策は「世界を革命的につくり変えること」である。それはいかにして可能か?  権力を獲得したプロレタリアートは、先進国革命を引きだし、それと連帯し、もって世界市場の制約、法則を打破し止揚しつつ自らの大地の上に社会主義、共産主義を実現してゆくこと、そしてそれは、すでにみたことからして、第一に全力をあげて社会革命を遂行すること(その一環としての経済建設)すなわちただちにブルジョア的生活諸関係、ブルジョア的社会諸関係を実践的に攻撃する永続過程を、直接に開始すること(=国内政策)。第二に、それによって国際ブルジョアジーは驚愕し、恐れ、自己意識=階級意識をたかめ、ブルジョアジーがますます国際的に密集した一つの敵として生みだされるのであるから、その国際ブルジョアジーの一つの政府のように堆積し密集して現われ出る敵を撃破するためには、それとともに社会革命をやりぬくためには、全世界プロレタリアートの革命的団結と闘争に結びつくこと(=対外政策)。――国内政策と対外政策の不可分な必然的関係をトロツキーもスターリンも見落していることはすでに述べた。――こうしてプロレタリア独裁の世界革命のための根本政策(根本的な国家的行動)が二つの側面の不可分の結合(対内的関係と対外的関係のプロレタリア的階級的統一)としてあることが、とらえられる。そして、このプロレタリア独裁の国家的共同行動に促進されて、先進国プロレタリアートが革命的プロレタリアートとして登場しなければならず、それに導かれて、これまでの各国革命は、一つの組織だった世界革命へと、その限界、歪曲をつきだし、それらをつきつぶすように統一されなければならない。
 たしかに「体制間矛盾」(この切り離された「矛盾」)は世界の体制を少しも変えることはできない(そのことから、――このような目には――このプロレタリア独裁はその外の世界の革命的改造について何らなすすべはないように見え、それゆえに、他国の革命はその他国の人民の事業、ということでそれと自らを無関係とするという意味での「内政不干渉」しかないように見える)。だからといってプロレタリア革命の対外政策(対外行動)はブルジョア世界との平和共存を目ざすものではなく、それを革命的につくり変えることを目ざすのである。その方法は前述のとおり。プロレタリア権力が直接に外から「幸せを強制する」(エンゲルスのカウツキー宛の手紙)ことができず、また、そのようなことをすれば「自己の勝利を無に帰せしめる」ことになるのは、第一に、そのようなことをやれば自分自身が他民族を抑圧する民族になるからであり*、第二に、外的に強制された民族は、排外主義によって反動に大衆が売り渡されて反動が強化され、革命的勢力が無力な孤立にさらされるからであり、いずれにしても世界革命を挫折させるからであって、ブルジョア世界と共存できなくなるからでもなければ軍事的物理力(「幸せを強制する」に足らない軍事力)の問題でもなく、また、その国の神聖不可侵の一国革命への外からの干渉として道義的に許されぬ問題なのでもない。

* かの「内政不干渉」の醜悪な裏面は、直接にハンガリーで示され(一九五六年、ソ連の戦車による、ハンガリー・プロレタリア革命の抑圧)、間接にはチェコ・スロバキアで示された(一九六八年、ソ連・東欧五カ国軍のチェコ侵入)。

 中共は平和共存の「戦略化」を否定しているか? そうではない。たしかに中共は「社会主義国の総路線を平和共存にかぎる」とか、「一面的に帰着させる」とかに反抗して「社会主義国の対外政策」を三つ(「1プロレタリア国際主義の原則に基づいて社会主義陣営諸国の間の友好相互援助協力関係を発展させること。2五原則を基礎として社会制度の異なる国との平和共存を勝ちとり、帝国主義の侵略政策と戦争政策に反対すること。3すべての被抑圧人民と被抑圧民族の革命闘争を支援すること」)あげ「この三つの内容は、互いに関連した、切り離すことのできない、欠くことのできないものである」といっている。これはやはり、洞察された歴史的必然性=戦略のなかに平和共存をはめこんでいるのである。だからこれではソ共も、まったくそのとおり、それこそわれわれの平和共存の道だ、それを異なるようにいうのはいいがかりにすぎない、それともそういいながら平和共存を全面否定するのか、というであろう。なぜならこの三つの関連の仕方こそが問題なのであり、その関連しだいによっては、各部分も(どの各部分でも)否定されてしまうことになるから。この三つは、一国革命論なりには調和がとれる。なぜなら、革命はそれぞれ国内問題であり、その個別的革命が関連しようというのであるから!  だが一たびこれが、一国の枠を越えた真のプロレタリア国際主義の革命的結合の関連のなかにおかれるやただちに三つが相互に矛盾を起しだす(すなわち幻想のなかでのみ調和しているのだ)。「平和共存をかちとる」ための条件としてのブルジョアジーの分裂は、支援するべき「革命闘争」によってブルジョアジーの「団結」(密集)となる。平和共存政策はそれによって否定されるか、平和共存政策によって革命闘争が否定されるか、という破目になるし、その分裂を利用しどの革命闘争を厳として支援するか、ということさえ「社会主義諸国」を分裂させ、破局的にその「団結」(陣営)を解体させるか、「大国ショービニズム」のもとに屈服するか、という仕儀になる。
 中ソはマルクス=レーニン主義を守るかどうか、といって争っている。しかしそれは、レーニンとも遠くはなれている。レーニンはたしかに平和共存の問題を提起した(当時、「戦時共産主義」から「ネップ」に移行しようとし、国内的に農民との妥協の必要の兆しのなかでこの対外政策が出されていることに注意。対外政策は、好むと好まざるとに拘らず国内の階級闘争の転化形態)。しかし重要なことは、平和共存を「一時的」ないし「短期」としてみたのである。すなわち「世界帝国主義は、勝ち進む社会革命と共存することはできない。」「長期にわたり、ソヴィエト共和国と帝国主義諸国家が共存するということは考えられない。結局いずれか一方が勝利するであろう」といった。この時期に、コミンテルンで「多数者獲得」のために「統一戦線」が提起されたことに注意せよ(もっとも、レーニンの場合、ヨーロッパでプロレタリア革命が必ず起こり、その革命に支援されなければ反革命の国際十字軍によって粉砕されるという問題が中心であり、したがって、「帝国主義の不均等発展」によって国際ブルジョアジーの分裂を一般化し、それによって生き残るというもう一つの解答の柱があり、また一国社会主義の不可能性を主としてその国の生産力の水準の問題にする傾きから、生産力の水準が高ければ可能なのかという解釈をゆるす面がある)。
 長期=戦略、短期=戦術とするのはスターリン主義の根本的な戦略戦術思想であり、レーニンのこの「長期」・「短期」をそのままに読んではならないが、少くとも、スターリン主義的な戦略観でレーニンを解釈すれば平和共存「戦略」化を否定しているといわねばならぬ(戦略=洞察された歴史的必然性、戦術=意識的実践という正しい観点からいえば、レーニンが厳密に平和共存戦略を否定していたかには問題が残るが)。それに、黒田寛一氏は平和共存の「戦略化」をスターリン主義の特徴とするが、一体戦術としてはあるのか?  戦略=洞察された歴史的必然性としてありえないものは戦術=意識的実践としてもありえない(ただし必然性は無数の偶然を通じてのみ貫徹するのだが)。敵の一時的分裂を利用する一時的防衛策も、外的に「他民族に幸せを」強制しないのも、「世界を革命的につくり変える」戦術であって、「平和共存」の戦術*ではないであろう(二〇世紀革命理論に階級形成論が一貫して欠落しているという重大な事実に注意せよ!  これなくして現代の革命理論はあり得ない!)。

* 世界革命のための平和共存戦術とは全くのマヌーバー的戦術であって、そうでなければその「世界革命」そのものが空虚化されているのであろう。
〈付録〉マルクス『フランスにおける階級闘争』の抜粋――特に次の個所を原理的に読みとることが必要――ここに抜粋した『フランスにおける階級闘争』における世界革命に関する叙述は、スターリン主義がエンゲルスの『共産主義の原則』第一九問とともに遠い一九世紀の事柄として、当然にも今日的には全く無視滅却しているものである。この叙述から、同時に『原則』第一九問の問題がマルクスによってどのようにつかまれているかをみてとることができる。
「労働者たちは、ブルジョアジーと並んで自己を解放しうると思ったように、他のブルジョア諸国民と並んで、フランスの国境の中でプロレタリア革命を完遂できるものと思っていた。しかしフランスの生産関係はフランスの対外貿易によって、世界市場におけるフランスの地位および世界市場の法則によって制約されている。世界市場の専制君主たるイギリスに反響を及ぼすヨーロッパ的な革命戦争なしに、フランスはどのようにしてその生産関係を打ちやぶればいいのであろうか?社会の革命的利害関係をみずからのうちに集中している階級は、ひとたび立ち上るや否や、その革命的行動、つまり敵をうちやぶり、闘争の必要が彼らに授けた方策を講ずる、という行動の内容や素材を、直接みずからの状態の中に見出し、自分たちの行動の結果が、彼らをさらにかり立ててゆくものである。その階級は、自分自身の任務について、何ら理論的な研究をこころみはしない。フランスの労働者階級は、このような立場におかれていなかった。彼らはまだ自分自身の革命を遂行するだけの能力をもっていなかった」(「一、一八四八年六月の敗北」)。
「若い共和国は、自己の主要な功績を、ひとをおどしつけるよりも、むしろ自分自身がたえずおびえるところに、また温順、無抵抗であることによって生存の権利を獲得し抵抗をなだめるところに求めた。共和国は平和を愛する性質のものである、自分も生きひとをも生かすこそ共和国のモットーである、ということが、内は特権階級に対し、外は専制主義的な列強に対して、声高に告げ知らされた。そのうえ、二月革命の直後に、ドイツ人、ポーランド人、オーストリア人、ハンガリー人、イタリア人など、各民族が、それぞれ当面の情況に応じて叛乱をおこしたのである(一八四八年のドイツ三月革命、およびポーランド、ハンガリー、イタリア等の叛乱をさす)。ロシアとイギリスは、後者はみずから動揺していたため(二月革命の影響下にイギリスのチャーティスト運動は最後の昂揚をみせた)前者は狼狽していたため、これに対するそなえをもたなかった。そういうわけで、共和国は、何ら国民的な敵に直面しなかった。だから行動力に火を点じ、革命の経過をはやめ、臨時政府を前方へおしすすめるか、もしくはこれを投げすててしまうことのできるような、大規模な対外紛争はおこらなかった。……
共和国は、外からも内からも何ひとつ抵抗に出あわなかった。共和国が武装解除したのは、そのためである。共和国の課題は、もはや世界を革命的につくりかえることではなく、いまではわずかに、自己をブルジョア的社会の諸関係に適合させてゆくことだけであった。どれほど熱狂的に臨時政府がこの課題に立ちむかったか、これを物語る証拠として、その財政政策にまさるものはない。……プロレタリアートの蜂起、これはブルジョア的信用の廃止である。なぜならそれはブルジョア的生産とブルジョア的制度の廃止なのであるから。国家信用と個人信用とは、それによって革命の強度を測定できる、経済的な寒暖計である。信用が低下すると同じ度合で、革命の炎熱と産出力とは上昇するのである」(同上)。「六月の蜂起がヨーロッパ大陸のいたるところでブルジョアジーの自己意識をたかめ、彼らをおおっぴらに封建的王権と結んで人民に対抗させたとき、まずこの犠牲となったのは誰であったろうか?
 それは大陸のブルジョアジー自身であった。六月の敗北は彼らが自己の支配をかためることを妨げ、また人民を、ブルジョア革命のもっとも低い段階で、なかば満足なかば不満の状態に、じっとさせておくことを妨げたのである。
ついに六月の敗北は、ヨーロッパの専制主義的列強に対して、フランスは、国内で市民戦争を遂行するためには、どのような条件のもとでも、対外的に平和を維持しなければならない、という秘密をもらした。そこで、国民的独立のための闘いをはじめていた諸民族は、ロシア、オーストリア、プロイセンの優勢に身をまかせたが、しかし同時に、これら国民的革命の運命はプロレタリア革命の運命にしたがわせられ、その外見上の独立性、つまり大きな社会変革からの独立性を奪われた。ハンガリー人も、ポーランド人も、イタリア人も労働者が奴隷であるかぎり、いつまでも解放されえないのだ!ついにヨーロッパは神聖同盟の勝利によって、フランスでプロレタリアが新たな叛乱をおこすたびごとに、それは直ちに世界戦争をともなうような形をとった。新たなフランス革命は、すぐさまその国民的な土台をすてて、ヨーロッパ的な地盤を征服することを余儀なくされている。この地盤の上でのみ、十九世紀の社会革命は遂行されうるのだ」(同上)。
「フランスでは、普通なら工業ブルジョアのなすべきことを小ブルジョアがやり、普通なら小ブルジョアの使命とすべきことを、労働者がやっている。だとすれば、労働者の任務は、いったい誰がはたすのか? だれもいはしない。それはフランスでは果されない。それはフランスでは声明されるだけだ。それは、フランスという国のかこいのなかでは、けっして解決されないものだ。フランス社会内部の階級闘争は、諸国民のあい対立する世界戦争に転化する。問題解決は世界戦争によってプロレタリアートが、世界市場を支配している国民の、すなわちイギリス国民の先頭にたつ瞬間に、はじめて緒につく。革命はイギリスで結末をみるのではなく、その組織的な端緒がみられるのだ。それは息の短かい革命ではない。こんにちの世代は、モーゼが砂漠をこえて導いたユダヤ人に似ている。それは、新世界を征服しなければならないばかりでなく、新しい世界にふさわしい人間にその席をゆずるため、消えていかねばならない」
(「三、一八四九年六月一三日の諸結果」)。
「恐慌期がイギリスよりも後になって大陸に始まるように、繁栄期もまたそうである。本源の過程が起るのは常にイギリスである。イギリスはブルジョア宇宙の創造主である。大陸では、ブルジョア社会が繰返し繰返し経過する循環のさまざまな段階は、第二次、第三次の形態で現われる。第一に、大陸はイギリスに向けて、他のどの国よりも比較にならぬほど多く輸出していた。ところがこのイギリス向けの輸出はまたイギリスの状態、特にその海外市場に対する状態に依存しているのである。次ぎに、イギリスは海外諸国に向けて、全大陸とは比較にならぬほど多く輸出している。だからこれら諸国に向ける大陸の輸出量は、そのつどつどのイギリスの海外輸出にいつも依存するということになる。だから、恐慌が先ず大陸に革命をひき起すとしても、革命の根源は常にイギリスにあるのである。ブルジョア的身体の心臓より四肢において強力なる爆発が先ず起るに違いないことは言うまでもない。というのは、心臓にあっては四肢よりも均衡化する可能性がより大きいからである。他方では大陸の諸革命がイギリスに及ぼす反作用の程度は、同時に、これらの革命がどの程度まで実際にブルジョア的生活諸関係そのものを問題にしているのか、どの程度までその政治構成にしか触れていないのか、を示す寒暖計である。
こうした全般的好況のさいには、ブルジョア社会の生産諸力は、ブルジョア社会の内部でそれがそもそも可能な限り、盛んに発展するのであって、現実の革命などは問題にならない。こうした革命はこれら二つの要素、すなわち近代的生産諸力とブルジョア的生産諸形態とが矛盾に陥入った時期にのみ可能なのである。現在、大陸の秩序党の個々の分派の代表者たちが盛んにとり組んで、お互いに恥をさらし合っているあれやこれやの喧嘩沙汰は、新たなる革命のきっかけを与えるものであるどころか、反対に諸関係の基礎が目下のところでは全く危険のないもので、また、これは反動の知らないことだが、全くブルジョア的であるからこそ可能なのである。ブルジョア的発展をみな押し留めようとする反動どもの試みは、民主主義者たちのあらゆる道義的憤激、あらゆる熱情的宣言と同様に、この基礎にぶつかって跳ねのけられてしまうであろう。新たなる革命は新たなる恐慌に打続くものとしてのみ可能である。だが、恐慌の到来が確実であるように、革命もまた確実である」(「四、一八五〇年の普通選挙権の廃止」)。
〈付録 了〉  

1963年9月初版/ (76年改訂・普及版(2003年8月)より抜粋)


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